
約18坪の和食店です。
昼は焼き魚や煮物、だし巻きなどを組み合わせた定食を提供し、夜は炭火料理や小皿料理を日本酒とともに楽しむ。
居酒屋のような賑やかさではなく、普段使いできる親しみやすさを持ちながら、料理や器、空間には少し品を感じられる店にしたいという提案事例です。
物件は間口約5m、奥行き約13mの細長い形状です。
今回は、この奥行きを細かく区切るのではなく、入口からカウンター、客前の調理場、奥厨房までが一つの流れとしてつながる構成を考えました。
外からは店内を見せすぎず、扉を開けると料理人の手元がすべて見える。
その見え方の変化を、この店のブランド体験の中心にしています。
和食店デザインでのファサードは、千本格子の引き戸だけで構成する

今回、正面の既存ガラス面は残さず、壁にすることにしました。
ファサードに窓を設け、店内の様子を広く見せる方向にはしていません。
外部と店内をつなぐ開口は、千本格子の引き戸だけです。
格子の隙間から、店内の光や人が動く気配がわずかに漏れる。店の中を詳しく見せるのではなく、扉の向こうにある時間を想像してもらいたいと考えました。
全面ガラスの店舗では、通りから店内の席や客の姿まで見えるため、店の入りやすさはつくりやすくなります。
一方、今回の和食店では、すべてが見えてしまうよりも、少し分からない部分を残した方が、料理や空間への期待感につながると判断しました。
店内を閉ざすのではなく、格子越しに気配だけを伝える。
この抑えた見せ方から、今回の和モダンな空間を始めています。
深い墨色の光沢タイルで、静かな存在感をつくる
ファサードの壁には、深い墨色を思わせる光沢のある細型磁器タイルを縦方向に使います。
木材だけで和の印象をつくると、民芸的な雰囲気や、いわゆる和風居酒屋に見えやすくなります。
今回は、千本格子で和の輪郭をつくりながら、光沢のある磁器タイルを組み合わせることで、少しモダンな印象に整えました。
ファサードの照明も増やしすぎません。
主な光は、千本格子の隙間から漏れる店内の明かりです。
壁に取り付けるサインは小さく抑え、そのサインを照らすための照明だけを加えます。
壁全体を明るく照らしたり、大きな看板を設けたりするのではなく、店の入口と名前だけが静かに見える状態を考えました。
墨色のタイルに、格子から漏れる光と小さなサインが浮かぶ。
派手に目立つ店ではなく、通りを歩く人が少し足を止めたくなるファサードを目指しています。
間口の狭さを、長いカウンターの魅力に変える
店内は、テーブル席を複数の場所に分散させるのではなく、約8mのカウンターを中心に構成します。
間口約4.2mの細長い物件にテーブルを並べると、通路や椅子の引き代によって、空間が細かく分断されて見えます。
今回は、その細長さを無理に解消するのではなく、長いカウンターが奥へ伸びていく空間として活かすことにしました。
カウンターを店内の中心に置くことで、入口から見たときにも、この店が料理人と向き合いながら食事をする場所であることが伝わります。
昼は1人でも入りやすく、夜は料理の所作を眺めながら日本酒を楽しめる。
カウンター席を単なる席数確保のために使うのではなく、この和食店らしい過ごし方をつくる場所として考えています。
テーブル2名席は、カウンターとは違う時間をつくる
店内通路側に2名用のテーブル席を4卓程度設けます。
カウンターに近接させて席数を詰め込むのではなく、その間に余白をつくることで、テーブル席を一つの特別なゾーンとして見せたいと考えました。
この席は、必ずしも2人で使うことだけを想定していません。
昼に1人でゆっくり定食を食べたい人が、2名席を使ってもよいと考えています。
1人客だからカウンターに案内するのではなく、その日の気分や過ごし方によって席を選べる。
夜には2人で料理と日本酒を楽しむ席になり、昼には1人で落ち着いて食事をする場所にもなる。
席数の効率だけではなく、この店の中に異なる過ごし方を用意することを優先しました。
格子戸を開けてすぐに客席が迫るのではなく、入口とカウンターの間に少し間があることで、店内へ入ったときの視線にも落ち着きが生まれます。
厨房は、奥から客前までをゾーンに分ける
今回は、厨房全体をオープンにはしていません。
奥の厨房は閉鎖式とし、焼き物、下処理、洗い場など、客席から見せる必要のない工程をまとめます。
その手前に客前の調理ゾーンを設け、刺身を引く、料理を盛り付ける、器を選ぶといった工程をカウンター越しに見せます。
厨房設備や洗い場まで含めてすべてを見せるのではなく、料理への期待を高める所作だけを選んで客席側へ出す構成です。
焼き物は奥で行い、客席前では包丁や盛り付けの細かな動きを見せる。
調理方法によって見せる場所を分けることで、厨房の機能性を保ちながら、カウンター席の体験をつくっています。
カウンターから、和食料理人の手元をすべて見せる

客前カウンターでは、料理人の手元が隠れない高さに設定します。
包丁を入れる動き。
刺身を器に盛る所作。
料理に最後の一手を加える瞬間。
そのすべてが、カウンター席から見える構成です。
料理人の上半身だけが見えるのではなく、手元まで見えることで、料理が出てくるまでの時間にも意味が生まれます。
和食では、完成した料理だけでなく、器の選び方や盛り付け、包丁の運び方も体験の一部になると考えました。
カウンターの高さや立ち上がりを抑え、料理人と客の間に大きな壁をつくらない。
奥の厨房は閉じながら、客前の所作はしっかりと開く。
外部では千本格子によって店内を見せすぎず、店に入った後は料理人の手元を隠さない。
この内外の見え方の差が、今回の設計の特徴です。
厨房の壁は、白い光沢タイルで清潔感をつくる
閉鎖式の奥厨房と客前カウンターの境界には、壁を設けます。
客前厨房の背面には、白い光沢のある磁器タイルを使うことにしました。
ファサードや床には墨色を使い、客席側には土壁のような質感を用いるため、店内全体を暗い色だけでまとめると、料理人の手元や器の色が沈んで見える可能性があります。
そこで、料理を見せる背景だけは白く整えます。
白い光沢タイルが手元の光を受け、料理や器の輪郭を見せる。
見た目の清潔感だけでなく、客前で行う調理を舞台として成立させるための背景として選びました。
本日の日本酒は、4本程度に絞って見せる
カウンターには、日本酒を大量に並べるのではなく、その日のおすすめを4本程度に絞って見せます。
日本酒は、冷蔵して管理するものと、常温で扱うものを分ける必要があります。
すべての在庫を装飾のように並べるのではなく、料理と合わせて提案したい銘柄だけを、その日のカウンターに出すことにしました。
選択肢を増やしすぎると、客は選ぶ楽しさを感じる前に、迷い始めます。
今回は、選ぶ喜びは残しながら、迷う時間は短くしたいと考えました。
4本程度であれば、それぞれの特徴を簡潔に伝えやすく、料理に合わせた提案もしやすくなります。
客がテンポよく最初の一杯を決め、その後の料理や次の酒へ自然に進める。
日本酒の見せ方を、単なるディスプレイではなく、注文の流れを整える設計として考えています。
季節や料理に合わせて銘柄を入れ替えることで、カウンターの景色にも小さな変化が生まれます。
墨を混ぜたモルタル床で、空間の重心を下げる
店内の床には、墨を混ぜたモルタルの金鏝仕上げを採用します。
ファサードの深い墨色から店内へ入り、床にもその色の印象をつなげます。
ただし、黒く均一に塗るのではなく、金鏝によるわずかなムラや表情を残します。
床に落ち着いた色を使うことで、空間の重心を下げ、木製カウンターや白い厨房タイル、料理や器を引き立てます。
和の雰囲気を木材の量で表現するのではなく、色、質感、光の関係からつくる。
今回の和モダンは、そのような素材の組み合わせで考えています。
壁と天井を一体に塗り、細長い空間をつなぐ
カウンター席後方の壁には、ジョリパットを使い、土壁のような質感に仕上げます。
天井にも同じ素材を塗り、壁と天井の境界には、できるだけ見切りを設けません。
壁と天井を別々の面として強調するのではなく、一体で塗りつなぐことで、間口の狭い店内に余計な線を増やさないようにしました。
細長い空間では、材料や見切りを細かく切り替えると、奥行きが分断されて見えます。
今回は、壁と天井を同じ質感で包みながら、床、カウンター、厨房壁にそれぞれ異なる役割を持たせています。
土壁風の柔らかな表情は、墨色の床や光沢タイルの硬さも和らげます。
照明は、空間ではなく料理と手元を照らす
店内全体の照度は低めに設定します。
ただ暗くするのではなく、必要な場所に光を集める構成です。
カウンターには、ピンスポットタイプのダウンライトを使い、料理人の手元と、客の前に置かれる料理を照らします。
テーブル席も同様に、卓上へ光を絞ります。
店内全体を均一に明るくすると、土壁風の壁や墨色の床まで同じ強さで見え、空間が平坦になります。
今回は、料理、器、手元、人の表情に光の重心を置きました。
カウンター席後方の壁下には間接照明を設け、足元を照らします。
この光は、壁を派手に演出するためのものではありません。
低い位置に光を入れることで、暗い店内でも床と壁の境界が分かり、奥行きが感じられるようにします。
昼は照明の出力を少し上げ、定食を食べる店としての入りやすさをつくる。
夜は全体を少し落とし、カウンターと卓上に集まる光を強く感じさせる。
素材や空間の構成を変えず、光の強弱によって昼と夜の時間をつなぎます。
音は、料理の所作を感じられる程度に整える
今回、店内を過度に静かにする方向にはしていません。
包丁がまな板に触れる音。
器を置く音。
料理人と客が交わす短い会話。
客前カウンターでは、こうした音も料理の体験になると考えています。
一方、焼き場や洗い場などの大きな音が出る工程は奥厨房にまとめます。
見せる工程と隠す工程を分けることは、視覚だけでなく、店内に届く音を整理することにもつながります。
料理の気配は感じられるが、厨房全体の作業音が客席を支配しない。
カウンターで過ごす客と、入口側のテーブル席で過ごす客が、それぞれ会話や料理を楽しめる状態を考えました。
BGMも強く押し出すのではなく、会話や料理の所作を邪魔しない範囲で、店内の空気をつなぐ程度に留めます。
外では見せすぎず、内では手元まで見せる

今回の和食店では、何を見せ、何を隠すのかを場所ごとに整理しています。
ファサードでは、窓をなくし、千本格子から光と気配だけを漏らします。
店内に入ると、約1mの余白を取ったテーブル席があり、その先に約8mのカウンターが伸びます。
カウンターの前では料理人の手元をすべて見せ、奥の厨房は閉じる。
日本酒もすべてを並べず、その日のおすすめ4本程度に絞る。
情報を増やすのではなく、見せるものを選ぶことで、料理への期待と注文の流れをつくっています。
外では静かに期待を高め、店内では料理人の所作によって体験を開く。
ファサード、席、厨房、素材、照明、音を一つの流れとしてつなげることが、今回考えた和食店のブランド体験です。
HAGANEについて
HAGANEは、音と空間からブランド体験をデザインしています。
ファサード、席、厨房の見せ方、素材、照明、料理人の動き、店内に届く音までを一体で捉え、その店らしい過ごし方を設計します。
見た目を和風に整えることだけを目的にするのではなく、なぜ店内を見せすぎないのか、なぜカウンターを中心にするのか、なぜ料理人の手元を見せるのかを整理し、空間として形にします。
関西エリア(京都・大阪・滋賀・兵庫・奈良・和歌山)、東海エリア(三重・岐阜・愛知・静岡)を中心に、店舗・施設・オフィスの空間デザインをご相談いただけます。