おまかせコースと日本酒を、ゆっくり楽しめる寿司屋をつくる

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約12坪の小さな寿司屋

営業の中心は夜。
料理はおまかせコースを基本とし、寿司だけでなく、焼き物や季節の一品、日本酒との組み合わせまで楽しんでもらう店です。

目指したのは、短時間で多くのお客様を回転させる店ではありません。

店主が一人ひとりのお客様と向き合い、その日の魚や料理、日本酒について会話を交わしながら、ゆっくりと時間を過ごしてもらう店です。

席数は、L字カウンターのみの12席。長手に9席、短手に3席を配置します。

この店で考えたかったのは、単に12坪の中へ何席入るかではありません。

お客様がなぜこの店を選ぶのか。
食事を終えた後、何を記憶として持ち帰るのか。
そして、なぜもう一度来たいと思うのか。

寿司がおいしいことは、店として当然の前提です。

そのうえで、この店にしかない来店理由をつくる。

今回の設計テーマを、「コミュニケーションをデザインする」としました。


小さな寿司屋は、料理だけで差別化できるのか

寿司屋を選ぶとき、お客様は料理の写真だけを見ているわけではありません。

どのような店主が握っているのか。
店内は落ち着いているのか。
一人でも入りやすいのか。
日本酒を相談できるのか。
記念日や会食に使えるのか。

料理以外にも、さまざまな情報を確認したうえで来店先を決めています。

特におまかせコースを中心とする店では、事前に料理のすべてを選べるわけではありません。お客様は店主へ料理の流れを委ねます。

つまり、購入しているのは寿司の単品ではなく、店主へ任せる時間そのものです。

何が出てくるのか。
どの順番で提供されるのか。
どの酒が合うのか。
自分の好みをどこまで理解してもらえるのか。

この期待と信頼が、おまかせという商品の価値を支えます。

同じ価格帯で、同じように質の高い魚を扱う店が複数あったとしても、最終的な来店理由は料理の差だけではありません。

「あの店主の提案を聞きたい」
「あのカウンターで飲みたい」
「次は誰かを連れて行きたい」

そう思ってもらえる関係が生まれると、店は単なる飲食の場所ではなく、指名して訪れる目的地になります。


指名来店が前提なら、店内を見せることだけが正解ではない

飲食店のファサードでは、外から店内が見える方が入りやすいと考えられてきました。

料理を見せる。
客席の雰囲気を見せる。
店内の賑わいを見せる。

通行人がその場で入店を判断する店では、内部が見えることは安心材料になります。

しかし現在は、InstagramやGoogleマップ、口コミ、予約サイトなどを見たうえで来店する人が増えています。

店の前を偶然通りかかって入るのではなく、すでに店名を知り、価格帯や料理内容を確認し、目的を持って訪れる。いわゆる指名来店です。

そうなると、ファサードの役割も変わります。

すべてを外から説明するのではなく、来店前に抱いた期待と、実際の店舗体験をつなぐことが重要になります。

今回のファサードでは、店内を外から見せない計画としました。

外壁はグレー色のジョリパット櫛引き仕上げ。板戸は外壁面から約500mm奥へ配置し、店名は小さなヒノキの表札で伝えます。

通りへ向かって大きく店名を掲げるのではなく、壁の素材、入口の奥行き、光の陰影によって店の存在を感じさせます。

板戸を少し奥へ引くことで、道路と店内の間に短いアプローチが生まれます。

わずか500mmでも、通りから直接扉を開けるのとは印象が違います。一歩奥へ入ることで、街から店へ意識が切り替わります。

店内を見せないことは、単に閉鎖的な外観をつくることではありません。

予約して訪れたお客様に、「ここから先に、この店の時間が始まる」と感じてもらうための境界です。

指名来店が成立する店であれば、ファサードは情報量を増やすより、ブランドの世界観を明確に示した方がよい場合があります。


12席を確保するのではなく、12席すべてを店主とつなげる

店内は、約8mのヒノキカウンターをL字に配置しています。

長手側に9席、短手側に3席。テーブル席や個室は設けず、12席すべてをカウンター席としました。

カウンターのみの構成は、小さな面積へ席を詰め込むためではありません。

この店では、店主とのコミュニケーションが来店価値になると考えたからです。

一列に長く12席を並べると、両端の席と店主との距離が離れやすくなります。店主の立ち位置によっては、同じカウンターでも会話へ参加しやすい席と、そうでない席が生まれます。

L字にすることで、客席が店主を囲む関係になります。

短手の3席も独立した別席ではなく、長手の9席と同じ空気を共有できます。店主からも全体の表情を確認しやすく、お客様の食事の進み方や酒の残り方、会話のタイミングを捉えやすくなります。

寿司屋のカウンターは、料理を置くための家具ではありません。

店主とお客様の視線をつなぎ、会話を生み、料理が提供される間を共有する場所です。

この距離が近すぎれば落ち着かず、遠すぎれば店主との関係が薄くなります。

12席という数字だけを見るのではなく、12人全員が店の体験へ参加できる配置になっているかを考える必要があります。


店主との会話が、日本酒の注文にもつながる

今回の店では、日本酒も重要な売上の一つです。

おまかせコースの価格が決まっている場合、売上を高めるには、単純に席数を増やす以外にも、ドリンク注文を自然に生む方法を考える必要があります。

ただし、日本酒の品数を増やしただけでは注文は増えません。

お客様が銘柄を知らない。
味の違いが分からない。
料理に何が合うのか判断できない。
価格が分からず頼みにくい。

選択肢が多いことが、かえって注文のハードルになる場合もあります。

そこで重要になるのが、店主やスタッフとのコミュニケーションです。

「次の焼き物には、少し香りのある酒が合います」
「今日はこの地域の魚なので、同じ土地の酒を合わせます」
「辛口がお好きなら、こちらを少量から試せます」

このような一言があると、日本酒は単なる追加注文ではなく、料理体験の一部になります。

カウンター越しにお客様の表情や飲み方が見えるからこそ、押し売りにならない提案ができます。

酒を勧めるために空間をつくるのではありません。

店主とお客様が自然に言葉を交わせる距離をつくることで、結果として料理への理解が深まり、日本酒の注文も生まれやすくなります。

客単価を上げるというと、価格の高い商品を勧める発想になりがちです。

しかし小さな店では、コミュニケーションの質が注文率を左右します。

何を売るかだけでなく、相談したくなる距離をどうつくるかも、店舗設計の課題です。


職人の所作を、料理が生まれる体験として見せる

厨房と程よく繋がったカウンターから眺める店主の料理。

包丁を入れる。
シャリを取る。
ネタを合わせる。
刷毛で煮切りを塗る。
器へ置き、お客様の前へ差し出す。

完成した寿司だけでなく、料理が生まれるまでの動きが自然に目へ入ります。

これも、今回の店で提供したい価値の一つです。

高級感を出すために職人を演出するのではありません。

職人の仕事そのものに価値があるから、その動きを隠さず、お客様が見やすい高さを考えています。

見られる側の職人にも、適度な緊張感が生まれます。

手元の動きや厨房の状態が客席から見える環境では、仕事の一つひとつが店の印象になります。作業の速さだけでなく、道具の扱い方、器を置く音、立ち姿まで含めて、店の品質として受け取られます。

職人の所作を見せることは、派手なショーをつくることではありません。

静かな仕事を、お客様が味わえる距離へ置くことです。


ネタを見せないことで、おまかせの価値を残す

寿司屋では、カウンター前のネタケースが店の象徴になることがあります。

魚の種類や鮮度を視覚的に伝えられ、お客様が好きなネタを選ぶ店では有効です。

一方、今回の店はおまかせコースが中心です。

そのため、ネタをすべて正面へ並べて見せるのではなく、あえて見せすぎない構成を考えました。

おまかせの魅力は、次に何が出るのか分からないことにもあります。

どの魚を握るのか。
焼き物をどのタイミングで挟むのか。
温度や食感をどう変えるのか。
どの日本酒を合わせるのか。

その日の仕入れと、お客様の食事の進み方を見ながら、店主が一つの流れをつくります。

すべてを先に見せてしまうより、次の一皿への期待を残す。

食材そのものを商品として並べるのではなく、店主の判断に委ねる時間を商品にするという考え方です。

ただし、見せないことが価値になるのは、料理と接客への信頼がある場合です。

見えないことを高級感として利用するだけでは成立しません。

SNSやWebサイトでは、店主の考え方、料理の方向性、日本酒へのこだわりなどを伝え、来店前に期待を形成する必要があります。

店舗だけで完結するのではなく、来店前の情報発信から、店内での体験までが一つにつながっていることが重要です。


焼き場の煙や香りも、この店を記憶する要素になる

焼き場は、カウンターと反対側の壁面へ配置します。

寿司屋であっても、おまかせコースでは焼き魚や炙り、季節の一品が加わります。

焼き場から立つ煙。
炭や魚の香り。
火が入る音。
料理を待つ時間。

これらは、完成した料理だけでは得られない体験です。

香りは強すぎれば不快になりますし、煙が客席へ流れれば快適性を損ないます。そのため、排気や厨房計画は前提として必要です。

そのうえで、火を完全に裏へ隠すのではなく、店内に火の気配があることを感じられる位置関係を考えます。

人が店を記憶するとき、視覚だけを覚えているわけではありません。

ヒノキの香り。
焼き物の匂い。
器が触れる音。
店主の声。
厨房から伝わる温度。

こうした感覚が重なり、「あの店らしさ」として残ります。

ここでしか手に入らないものは、特別な装飾とは限りません。

煙かもしれない。
店主の笑顔かもしれない。
自分の好みを覚えていてくれることかもしれない。

その店だけの記憶が生まれる条件を、空間の中へ組み込むことが大切です。


素材と照明は、会話と料理を支える背景として考える

店内の床は墨モルタル仕上げ。壁は温かみのある土壁風の塗り仕上げとします。

天井には板を長手方向へ張り、入口から店の奥へ視線が伸びる構成を考えました。

厨房の壁には、白色で少し光沢のあるタイルを使用します。

客席側の土壁や墨色の床に対して、厨房側を明るいタイルにすることで、職人の手元と料理が見えやすくなります。

照明は電球色のダウンライトを中心とし、店内全体の照度は低めに設定します。

ただ暗くするのではありません。

カウンター上の料理、職人の手元、お客様の表情が見える明るさは確保しながら、壁や通路を必要以上に照らさない計画です。

高級感をつくるために素材を増やすのではなく、ヒノキのカウンター、職人の所作、料理に視線が集まる背景をつくります。

主役を増やしすぎると、空間の印象は弱くなります。

この店では、店主とお客様の関係が主役です。

素材や照明は、その関係を邪魔せず、時間の質を支えるために使います。


BGMは、会話を消さず、沈黙を気まずくしない

店内の音も、コミュニケーションへ影響します。

静かすぎる店では、隣の会話や食器の音が気になり、話しにくさを感じることがあります。

反対に、BGMが大きすぎれば、店主との会話が聞き取りにくくなります。

今回の計画では、店内入口、中央、奥の3か所に埋込スピーカーを設置し、一方向から大きな音を出すのではなく、店内全体へ小さな音量で届ける構成を考えました。

BGMを主役にする必要はありません。

会話の間に生まれる沈黙を受け止め、包丁や器の音を邪魔せず、店全体に落ち着きを与える程度で十分です。

寿司屋では、音がないことが上質なのではなく、必要な音が自然に聞こえることが重要です。

店主の声。
料理を置く音。
焼き場の気配。
お客様同士の小さな会話。

これらが一つの空気として感じられる音環境を目指します。


再来店を生むのは、料理と人と空間の一貫性

小さな寿司屋では、一度の来店で大きな人数を集客することはできません。

12席であれば、売上をつくるためには客単価だけでなく、予約率、再来店、紹介、キャンセル率なども重要になります。

ただし、空間デザインだけで再来店が決まるわけではありません。

料理の質。
接客。
価格への納得。
予約のしやすさ。
店主の人柄。

すべてがつながって、もう一度来たいという判断になります。

店舗設計が担うのは、それらの価値が伝わりやすい状況をつくることです。

店主と話したいのに、距離が遠い。
職人の所作を見せたいのに、厨房が隠れている。
日本酒を提案したいのに、お客様のグラスが見えない。
静かな時間を提供したいのに、音が一か所から強く聞こえる。

こうした空間と営業方針のずれがあると、店が本来提供したい価値は伝わりません。

今回の寿司屋では、おまかせコース、日本酒、店主との会話、職人の所作を一つの体験としてつなげています。

ファサードでは世界観を伝え、扉を開けるとL字のヒノキカウンターが現れる。席に着けば職人の手元が見え、会話の中から日本酒の提案が生まれる。焼き場の香りや音が料理への期待をつくる。

それぞれのデザインを単独で考えるのではなく、来店前から退店までの流れとして考えることで、店のブランドが伝わりやすくなります。


12坪だからこそ、店主自身がブランドになる

大きな飲食店には、多様な席や豊富なメニュー、多くのスタッフによって生み出せる価値があります。

一方、12坪程度の小さな寿司屋には、店主との距離を近くできる強みがあります。

誰がつくっているのか分かる。
何を考えて料理を出しているのか聞ける。
前回の好みを覚えてもらえる。
来店するたびに関係が深くなる。

これは、大きな店では再現しにくい価値です。

小さいことを弱点として捉え、席を詰め込み、メニューを増やし、大きな店の縮小版をつくる必要はありません。

小さい店にしかできない体験へ集中する。

今回の設計では、店主とのコミュニケーションを店の価値として前面に出しました。

美味しい寿司を食べに行く。

そこから一歩進み、

あの店主がつくる時間を味わいに行く。

そう思ってもらえる店を目指しています。


コミュニケーションをデザインする寿司屋

今回の寿司屋で設計したかったのは、豪華な和の空間ではありません。

おまかせコースと日本酒を楽しみながら、店主とお客様の間に自然な会話が生まれる店です。

外から店内を見せないファサード。
店主を囲むL字カウンター。
職人の手元が見える高さ。
あえて見せすぎないネタ。
焼き場の煙や香り。
会話を邪魔しないBGM。

これらはすべて、同じ目的から考えています。

ここでしか手に入らない時間をつくること。

飲食店を選ぶ理由は、料理だけではありません。

誰と過ごしたか。
誰が迎えてくれたか。
どんな会話をしたか。
どんな空気が流れていたか。

その記憶が、再来店や紹介につながります。

空間は、料理を提供するための背景ではありません。

店の価値を伝え、人と人の関係を生み、ブランドとして記憶してもらうための一部です。


小規模飲食店の開業をご検討の方へ

HAGANEでは、店舗の見た目だけを先に決めるのではなく、どのような営業を目指すのか、誰に来てほしいのか、何を再来店の理由にするのかを伺いながら空間をご提案しています。

おまかせコースを中心にしたい。
日本酒の注文を自然に増やしたい。
カウンターを店の強みにしたい。
店主との距離をブランド価値にしたい。
SNSで知ったお客様が、目的を持って訪れる店をつくりたい。

そのような構想を、ファサード、席構成、厨房、照明、素材、音まで一つの体験として設計します。

関西エリア(京都・大阪・滋賀・兵庫・奈良・和歌山)、東海エリア(三重・岐阜・愛知・静岡)を中心に、飲食店の空間デザインをご相談いただけます。設計デザインは全国対応です。

どんな内装にするかではなく、なぜその店が選ばれるのか。

開業前の構想段階からご相談ください。

この記事を書いた人

建築士として、空間デザイン、音響映像デザイナーとして。
音と空間が、店の印象や人の行動をどう変えるのか。
マーケティング、ブランディングの視点も加えながら、
HAGANEの設計思想を、青川の言葉で発信しています。

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