
今回考えたのは、約9坪の小さなパスタ店です。
営業の中心は夜。
仕事帰りに二人で立ち寄り、ワインを飲みながら前菜を食べ、最後にパスタを楽しむ店を想定しました。
主役はパスタですが、パスタ一皿だけで会計が終わる店にはしたくありません。
前菜を一皿頼み、ワインを飲み、もう一杯追加してからパスタを注文する。限られた席数の中で売上をつくるには、客数だけではなく、一人ひとりの注文内容を厚くする必要があると考えました。
そこで今回は、9坪に無理に席を詰め込むのではなく、11席に絞っています。
11席しか取れなかったのではありません。
11席それぞれで、前菜とワインとパスタが注文される店をつくろうと考えました。
詰め込むより、11席での注文を増やす
9坪の店にテーブル席とカウンター席を両方設ければ、もう少し席数を増やせるかもしれません。
ただ、そのために厨房を小さくし、通路を狭くすると、店全体が窮屈になります。
隣席との距離が近く、料理を置く場所もなく、スタッフが背後を何度も通る。その状態では、前菜や二杯目を追加してもらう以前に、パスタを食べたら早く席を立ちたくなります。
今回は、席数を増やすよりも、カウンターだけで店の使い方を明確にしました。
長手約6mに8席。
短手約2.4mに3席。
L字型のカウンターで、合計11席です。
一人客も二人客も、全員が厨房に向かって座ります。
テーブル席を設けないことで、どの席に座っても料理人の動きが見え、この店で何を楽しむのかが分かる構成にしました。
パスタを待つ時間を、ワインが進む時間に変える

パスタは、注文を受けてから仕上げます。
鍋にソースを入れ、パスタを和え、皿に盛り付ける。完成までには少し時間があります。
この時間を、ただ料理を待つだけの時間にしてしまうと、客はパスタを食べて帰るだけになります。
今回は、L字カウンターの内側に厨房を配置し、料理が仕上がっていく様子を11席すべてから見えるようにしました。
目の前で隣の客の前菜が盛り付けられる。
ワインのボトルが開く。
次のパスタが鍋の中で仕上がっていく。
そうした光景があれば、メニューを強く勧めなくても、もう一皿、もう一杯を頼みたくなると考えています。
厨房は、料理をつくる場所であると同時に、次の注文への期待をつくる場所です。
防炎垂れ壁は約500mmに抑え、安全上必要な区画をつくりながらも、厨房を閉じすぎないようにしました。
厨房設備をすべて見せたいわけではありません。
見せたいのは、パスタが仕上がる瞬間と、料理人が店を動かしている姿です。
カウンターの700mmは、追加注文を置くための寸法
カウンターの奥行きは、約700mm取っています。
パスタ一皿だけを食べる店なら、もっと狭くても成立します。
しかし今回置きたいのは、パスタ皿だけではありません。
前菜の皿。
ワイングラス。
水のグラス。
カトラリー。
そして次に運ばれてくるパスタ。
二杯目を注文しても、前菜の皿を急いで下げなくてよい。料理が重なっても窮屈に見えない。
その余白がなければ、店側が追加注文を勧めても、客は置く場所に困ります。
700mmという奥行きは、ゆったり見せるためだけに設定したものではありません。
前菜とワインを楽しみ、最後にパスタを置ける。
一人あたりの注文を受け止めるための寸法です。
カウンターの高さは約1,000mmとし、デザイン性のある丸椅子を合わせます。
低い椅子に深く座り込むレストランではなく、ワインと料理を気軽に楽しみながら、必要以上に滞在時間が伸びない姿勢を考えました。
急かす店にはしません。
ただ、長時間滞在を前提にした座り方にもしていません。
夜の限られた営業時間の中で、料理と会話を楽しみながら、自然に次の客へ席がつながるテンポをつくります。
通路を削らず、客単価を下げない
カウンター席の後方には、約1,200mmの通路を確保します。
9坪の店では、この幅を削ってもう一列席を入れたくなるかもしれません。
今回は、それをしませんでした。
客の背後をスタッフが何度も身体を横にして通る店では、11席でも詰め込まれた印象になります。
椅子を引くたびに後ろを気にしなければならない店で、特別なワインをゆっくり選びたいとは思いません。
小さな店だからこそ、通路には余白が必要です。
スタッフが料理やグラスを無理なく運べる。
客が背後を気にせず座れる。
入口から店内を見たときに、11席が窮屈に見えない。
この1,200mmは、単なる通路幅ではありません。
9坪の店を安く見せず、一人あたりの注文金額を支えるための余白だと考えています。
ステンレスの清潔感と、モルタルの無骨さ
カウンターは、ステンレスのヘアライン仕上げにしました。
厨房内の壁も、オールステンレスです。
ステンレスを厨房の裏側だけに使うのではなく、客席側まで連続させることで、料理をつくる場所と食べる場所を一つの景色として見せます。
パスタ店というと、木や塗り壁を使った温かい空間も考えられます。
今回は、そうした方向にはしていません。
特別なワインとパスタを、構えずに楽しめる店にしたかったからです。
ステンレスの清潔感。
化粧ブロックの厚み。
モルタル壁のラフな表情。
スラブ現しの天井。
素材を装飾として加えるのではなく、それぞれが持つ質感をそのまま使い、少し無骨なインダストリアル空間をつくりました。
天井を張らないことで、9坪の店内にできるだけ高さを残します。
照明器具、エアコン、換気設備、配線は露出させ、すべてブラックマットで塗装します。
設備を隠すために天井を低くするのではなく、露出するものの色を統一し、空間の輪郭として見せることにしました。
夜の店だからこそ、暗くしすぎない
店内の照明は、電球色のダウンライトを中心にします。
ただし、照度は高めです。
ワインを扱う夜の店だからといって、暗くする方向には考えていません。
この店では、料理の色、ステンレスの清潔感、料理人の手元をしっかり見せたいからです。
暗い店にすれば、雰囲気はつくりやすくなります。
しかし、初めて入る客には料理が分かりにくく、厨房が清潔に見えない可能性もあります。
今回は、夜の特別感は素材と店の小ささ、料理人との距離でつくります。
照明で過剰にムードを加えるのではなく、料理と厨房がきちんと見える明るさを優先しました。
目の前でパスタが仕上がる。
ステンレスのカウンターにワイングラスが並ぶ。
隣の客が頼んだ前菜の色が見える。
その光景が、次の注文につながると考えています。
ファサードを開き、店内の活気を通りへ出す

ファサードには、黒い光沢のある細板型磁器タイルを使います。
約3.6mの小さな間口を装飾で埋めるのではなく、黒いタイルで輪郭を強くつくることにしました。
入口には鋼製建具のテラスドアを設け、季節や天候によって間口いっぱいまで開放できるようにします。
9坪の店は、扉を閉じると中の様子が分かりにくく、存在まで小さく見えてしまいます。
扉を開けば、ステンレスのカウンター、黒い丸椅子、料理人の動き、ワインを飲む客席の気配が、そのまま通りへつながります。
春や秋には、店内に座りながら、外でワインを飲んでいるような感覚も生まれます。
店内の席数を増やすための開放ではありません。
店の活気を外へにじませ、通りを歩く人に「ここでワインを飲みたい」と感じてもらうためのファサードです。
大きな看板で店を説明するのではなく、店内で起きている光景そのものを、次の来店につなげます。
小さい店だからこそ、料理人との距離を売上に変える

今回の店は、11席しかないパスタ店ではありません。
11席すべてから料理が見え、前菜とワインを置く余白があり、料理人との会話から次の注文が生まれる店です。
席数を増やしてパスタ単品を回すのではなく、
前菜を頼む。
ワインを飲む。
料理が仕上がる様子を見ながら、もう一杯追加する。
最後にパスタを食べる。
その流れを空間の中につくりました。
9坪という面積を弱点として隠すのではなく、客と料理人の距離が近いことを、この店の魅力に変える。
カウンター、厨房、通路、素材、照明、ファサードのすべてを、一席あたりの注文と夜の回転につながるように考えています。
それが、今回設計した11席のパスタ店です。
HAGANEについて
HAGANEは、音と空間からブランド体験をデザインしています。
席数を確保するだけではなく、客が店を見つけ、席に座り、料理人の動きを見ながら前菜やドリンクを注文し、主役の料理を楽しむまでの流れを設計します。
ファサード、カウンター、厨房、素材、照明、音を一体で捉え、店の使われ方と売上につながる空間を考えます。
関西エリア(京都・大阪・滋賀・兵庫・奈良・和歌山)、東海エリア(三重・岐阜・愛知・静岡)を中心に、店舗・施設・オフィスの空間デザインをご相談いただけます。
デザイン業務は全国対応しております。お気軽にお声がけください。