
駅から徒歩5分。
飲食店や美容室が並ぶ通りに面した、商業ビルの2階。
道路側には窓が連続しているものの、店舗入口は建物脇の階段から入り、通りからは見つけにくい位置にあります。
この場所に、季節の食材と手打ちパスタを中心にしたレストランを計画します。
ランチは2,500〜3,500円、ディナーは7,000〜10,000円程度。高級店のように緊張する場所ではなく、料理を目的に何度も訪れたくなる店を目指します。
2階店舗であることは、必ずしもマーケティング上の弱点ではありません。
道路側に並ぶ窓、店内から漏れる光、階段前の看板、店へ向かう動線。それぞれを一つの体験としてつなげれば、路面店とは異なる来店動機をつくれます。
今回は、通りから見える窓をファサードとして捉え、マーケティング、ブランディング、空間デザイン、音響を一貫させたレストランを提案事例です。
2階店舗でも、道路側の窓から店内は見える
店舗の入口が通りから見えない場合、「認知されにくい」「入りにくい」と考えられがちです。
しかし、店舗が2階程度の高さで、道路側に窓が並んでいれば、歩行者から店内の一部は自然と視界に入ります。
窓から見えるのは、店内の全貌ではありません。
暖色系の電球色で照らされたテーブル、シャンデリアの光、コンクリートの壁、食事をする人の気配、明るく浮かび上がる厨房。
その切り取られた景色が、
何の店だろう。
中はどのような空間なのだろう。
という興味をつくります。
路面店のように店内を全面的に見せるのではなく、あえて情報を限定する。見えきらないからこそ、続きを確かめたくなる店です。
道路側の窓を単なる採光面ではなく、通りに向けてブランドを伝えるファサードとして設計します。
窓から見える光が、店の存在を知らせる

昼間は、ビルの外観に紛れて見える2階の窓も、日が暮れると印象が変わります。
店内に灯る暖色系の光が窓から漏れ、通りに店の存在を知らせます。
必要なのは、窓際を均一に明るくすることではありません。
シャンデリアやスポットライトによって生まれる光の濃淡、照らされたテーブル、影の残る天井や壁。店内の一部が断片的に見えることで、ノスタルジックで少し妖艶な印象をつくります。
窓際に強い装飾を並べる必要もありません。
外から見える位置に、
- 特徴的な照明
- テーブル上の光
- 店内を横切る人の動き
- 厨房の一部
- 青くくすんだタイル
が見えれば、それだけで店の雰囲気は伝わります。
大きな広告を出すのではなく、店内で過ごす時間そのものを通りへ見せる考え方です。
看板は、窓から受け取った印象を具体的な情報につなげる
窓の光だけでは、料理の内容や価格帯、入口の場所までは分かりません。
そこで、階段前に小さな看板を設置します。
看板には情報を詰め込みすぎず、
- 店名
- 季節料理と手打ちパスタの店であること
- 代表的なメニュー
- 価格帯
- 店内の写真
- 2階への案内
を簡潔に掲載します。
看板自体も店内と同じ暖色系の光でライトアップします。
通行人は、最初に2階の窓から感覚的な情報を受け取ります。次に看板から料理や店内についての具体的な情報を得る。
窓から感じた雰囲気と、看板に掲載された料理や店内写真が一致することで、
この階段を上がれば、先ほど見えた空間へ入れる。
という期待が生まれます。
窓と看板を別々に考えるのではなく、興味から入店判断までをつなぐ一連のマーケティングとして設計することが重要です。
階段を、共用部ではなくブランド体験の入口にする
2階店舗では、階段を上がる時間も来店体験の一部になります。
既存の階段が暗く、幅も広くない場合でも、すべてを大掛かりに改修する必要はありません。
可能であれば、店内と同じ暖色系の電球色を使い、階段から店舗まで光の印象をつなげます。
照明器具のデザインや壁面のサイン、階段を上がった先に見える店舗入口を統一すれば、共用部のように見えていた階段が、店へ導くアプローチに変わります。
通りから窓を見る。
看板で店の情報を確認する。
暖色の光に導かれて階段を上がる。
扉の先に、窓から見えていた空間が現れる。
店舗へ到着するまでの時間に段階があることは、2階店舗の弱点ではありません。
むしろ、路面店にはない期待を蓄積するための時間になります。
ディナーから店の価値をつくる
この店では、開業当初からランチ集客を中心に置くのではなく、ディナーからブランドを確立します。
季節料理と手打ちパスタを軸に、料理、サービス、照明、音、空間を含めた夜の体験を先に認知してもらいます。
ランチは新規顧客を集めやすい一方、価格やメニュー構成によっては、店全体が「ランチで利用する店」として認識される可能性があります。
今回の価格帯と立地条件では、まずディナーで、
- 料理を目的に訪れる理由
- 2階へ上がる期待感
- 店内のノスタルジックな印象
- 接客や滞在の心地よさ
- 夜に窓から見える店の存在感
を確立する方が、ブランドの方向を伝えやすくなります。
ディナーを体験した顧客が、
昼にはどのような料理を楽しめるのだろう。
と期待を持ってランチへ向かう。
この順序であれば、ランチは単に価格を下げた営業時間ではなく、すでに形成されたブランドに別の利用機会を加える戦略になります。
コンクリートを残し、照明と厨房を主役にする
店内は、装飾を増やしすぎない方向で考えます。
解体後の状態によっては、コンクリートの壁や天井を残し、照明、空調、音響の配線や配管も化粧配管として見せます。
ただし、これは未完成に見せるためではありません。
空間全体の素材を抑えることで、照明と厨房の存在を強く見せるためです。
コンクリートの無機質な背景に、暖色系の光と青くくすんだタイルが現れる。その対比によって、限られた予算の中でも店の象徴をつくれます。
装飾品を多く置くのではなく、
- 光
- 厨房
- テーブル
- 料理
- 人の動き
によって店の表情を変えていきます。
予算を抑えることと、空間の価値を下げることは同じではありません。
投資する場所を限定し、顧客の記憶に残る要素へ予算を集中させることが重要です。
青くくすんだ磁器タイルで、厨房を店内の象徴にする

オープンキッチンは、店内全体に露出させるのではなく、明確なフレームを与えます。
厨房の腰壁は高さ約1,200mmとし、青くくすんだ色の、細く光沢のある縦型磁器タイルで仕上げます。
厨房上部の垂れ壁にも同じタイルを使い、腰壁と垂れ壁によって厨房を一つの箱のように見せます。
コンクリートを背景とした客席の中で、青いタイルに囲まれた厨房だけが象徴的に浮かび上がります。
タイルの光沢は、シャンデリアやスポットライトの光をわずかに反射し、時間や見る位置によって表情を変えます。
この厨房は、単なる調理設備ではありません。
料理人の動き、手打ちパスタを仕上げる手元、盛り付け、食材の色が、店内の景色になります。
オープンキッチンを全面的に見せてカジュアルにするのではなく、タイルのフレームによって料理の舞台として見せる考え方です。
厨房の白い光が、料理人の動きを浮かび上がらせる
客席は、暖色系の電球色を中心に構成します。
一方で、厨房には客席よりも白く明るい光を使います。
料理人の手元や食材の状態を確認できる作業性を確保すると同時に、暖色の客席の中から厨房だけを浮かび上がらせます。
ただし、白い照明をそのまま客席へ漏らすのではありません。
青くくすんだタイルの腰壁と垂れ壁で光の範囲を限定し、厨房を一つの明るい舞台として見せます。
暖色の客席と白い厨房の対比によって、
- 客席は滞在する場所
- 厨房は料理が生まれる場所
という役割が明確になります。
料理人の動きが見えることで、顧客は料理が届くまでの時間にも店の体験を感じられます。
床にはタイルを使い、清潔感と耐久性を確保する
コンクリートを残す店内でも、床はタイルで仕上げます。
飲食店としての清潔感、清掃性、耐久性を確保しながら、空間全体に完成度を与えるためです。
床の色は、厨房に使う青くくすんだタイルと関連させてもよいでしょう。
ただし、厨房とまったく同じ色や光沢にする必要はありません。
厨房は縦型で光沢のあるタイル、床は少し明度を抑えたマットなタイルなど、色の関係を持たせながら質感を変えます。
そうすることで、空間全体に統一感を持たせつつ、厨房の象徴性を残せます。
コンクリート、青いタイル、暖色の光という限られた要素を繰り返すことで、装飾を増やさなくても明確な世界観が生まれます。
2人席を中心に、少人数で利用しやすい店をつくる
想定する主な顧客は、30〜50代の女性、夫婦やカップル、友人同士、少人数の会食です。
そのため、客席は2人席を中心に構成します。
4人掛けテーブルを固定して並べるのではなく、2人用のテーブルを必要に応じて連結できるようにします。
これにより、
- 2人での食事
- 3〜4人の友人同士
- 少人数の会食
- 一人での利用
に柔軟に対応できます。
女性客を想定するからといって、装飾を女性向けに寄せる必要はありません。
重要なのは、少人数でも利用しやすく、会話と料理を落ち着いて楽しめる席の構成です。
テーブル同士の間隔や椅子を引くための寸法を確保しながら、組み替えによって稼働率にも対応します。
固定された席数だけを優先するのではなく、実際の来店人数に合わせて店内を変えられることが、再来店しやすい環境につながります。
シャンデリアとスポットライトで、光の層をつくる
この店の印象を大きく左右するのは、照明です。
コンクリートの空間を均一に照らすのではなく、複数の光を重ねて店内に濃淡をつくります。
中心となるのは、
- ノスタルジックなシャンデリア
- テーブル上を照らすピンスポット
- 壁面や動線を照らす広角スポット
- 厨房の白い作業照明
- 窓から通りへ見せる暖色の光
です。
シャンデリアは空間の象徴となり、通りから窓越しにも見える位置へ配置します。
ピンスポットは料理とテーブル面を照らし、顧客の顔や周囲まで明るくしすぎないようにします。
広角スポットは、コンクリートの壁や床、動線へ柔らかく光を広げます。
店内全体を明るく見せるのではなく、必要な場所へ光を置く。光が当たらない部分には影を残し、窓から見たときにも奥行きを感じられる空間をつくります。
小さめのBGMを、店内へ自然に広げる
この店の音は、前面に出す必要がありません。
BGMは少し小さめの音量で、店内のどの席にも自然に届くように設計します。
ノスタルジックな照明や料理への集中を妨げず、会話の背景に音楽が存在する状態です。
ただし、コンクリート、タイル、ガラスなど、硬く反射しやすい素材が多い空間では、単純に音量を下げるだけでは成立しません。
満席になると、会話、食器、厨房の音が重なり、BGMが聞こえなくなる可能性があります。反対にスピーカーの近くでは、必要以上に音が強く聞こえることもあります。
そこで、大きなスピーカーから店内全体へ音を飛ばすのではなく、複数のスピーカーを適切に配置し、それぞれを小さな音量で再生します。
席による音量差を抑えることで、
- 窓際
- 中央のテーブル
- 厨房付近
- 奥の席
でも、同じ店の空気を感じられます。
目指すのは、音楽を意識的に聴かせることではありません。
音楽が小さくても空間から消えず、会話は聞き取りやすい状態です。
音響を内装完成後に追加するのではなく、照明や空調の化粧配管と合わせて、店内デザインの一部として計画します。
ディナーの体験をもとに、ランチを戦略的に展開する
ディナーで店の認知と評価が蓄積された後に、ランチを展開します。
夜に訪れた顧客は、料理、照明、接客、音、店内の雰囲気をすでに体験しています。
そのため、ランチを始めた際にも、単に価格が手頃だから来店するのではなく、
夜に良かった店を、昼にも利用してみたい。
という期待を持って訪れます。
特に友人同士で飲食店を利用する女性客は、自身の体験を別の友人へ共有し、次の来店につなげる可能性があります。
ディナーでは夫婦やパートナーと利用し、ランチでは友人と訪れる。
ディナーを体験した人が、別の顧客を連れてランチへ戻ってくる。
営業時間を増やすだけではなく、一つの体験から複数の来店機会をつくることが重要です。
ランチメニューも、夜とは無関係な低価格商品を増やすのではなく、季節料理や手打ちパスタという店の中心を維持します。
ディナーで形成した価値を、昼の時間帯にもつなげる設計です。
2階という条件が、店の記憶をつくる

この提案では、2階店舗を路面店のように見せようとはしていません。
道路側の窓から店内の光を見せる。
階段前の看板で料理と店内の情報を伝える。
同じ暖色の光に導かれて階段を上がる。
店へ入ると、コンクリートの中に青い厨房が浮かび上がる。
小さなBGMの中で、季節料理と手打ちパスタを楽しむ。
通りから着席までの体験が、途切れずにつながっています。
マーケティングでは、窓の視認性を認知と興味へ変える。
ブランディングでは、ノスタルジックな光と青い厨房によって店の世界観をつくる。
空間デザインでは、装飾を抑え、コンクリート、タイル、照明、厨房を中心に構成する。
音響では、音量を前面に出さず、会話と料理を支える音を店内へ自然に広げる。
これらを別々に考えるのではなく、同じ顧客体験へつなげます。
店舗入口が通りから見えなくても、店の存在まで見えないわけではありません。
通りから見える2階の窓が、レストランのファサードになります。
そして、窓の光に興味を持った瞬間から、店のブランド体験は始まっています。
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