
キックとベースが外で崩れる、DTMerの制作室設計事例
CASE OUTLINE
ROOM
マンション内の6畳洋室
SOUND SOURCE
モニタースピーカー / DTM制作音源
USER
作曲・編曲・ミックスまで自分で行うDTMer
PURPOSE
自宅で制作した音を、外の環境でも崩れにくい状態へ近づける
SOUNDPROOFING CONDITION
マンションのため、大きな音量では制作できない。
将来的には防音施工も視野に入れているが、防音すれば低域判断が良くなるわけではない。
遮音によって音を外へ逃がさないほど、室内側では30〜300Hzの低域〜中低域が残りやすくなる。
ISSUE
部屋ではキックとベースが合っているように聴こえる。
しかし、車・イヤホン・別スピーカーで聴くと、低域バランスが崩れる。
DESIGN FOCUS
低域の暴れ・欠落、デスク反射、側壁初期反射、リスニングポイントを整理し、6畳でも音を判断できる制作環境へ整える。
ACOUSTIC THEME
気持ちよく鳴らす前に、まず判断できる状態をつくる。
6畳では、モニターの音ではなく、部屋の癖を聴いていることがある。
自宅スタジオ内では良いのに、外で聴くと低域が崩れる
今回の相談は、マンションの6畳洋室を自宅スタジオとして使っているDTMerからのものでした。
作曲、トラックメイク、アレンジ、簡単なミックスまで、自分の部屋で完結している。
デスクの上にはモニタースピーカー。
オーディオインターフェース、MIDIキーボード、ディスプレイ、吸音パネルも少し入っている。
見た目としては、一般的な自宅制作環境として成立していました。
けれど、本人にはずっと引っかかっている悩みがありました。
部屋では、キックとベースのバランスが合っているように聴こえる。
低音もそれなりに出ている。
ボーカルも前に出ているように感じる。
でも、車やイヤホン、別のスピーカーで聴くと、低域の印象が崩れる。
部屋では十分だと思っていたベースが、外では薄い。
逆に、部屋で足した低域が、外ではボワつく。
キックの芯を出したつもりなのに、別環境では重く、遅く聴こえる。
ヒヤリング時の悩みのほとんどが、
モニターが小さいから悪いのか。
もっと大きなスピーカーにした方がいいのか。
サブウーファーを入れれば低域が分かるのか。
吸音材を増やせば整うのか。
それとも、6畳では限界なのか。
僕たちが最初に見たのは、機材のグレードではありません。
その部屋で、何を判断できていて、何を判断できていないのか。
まずそこを聞くことから始めました。
モニターの音ではなく、部屋の癖を聴いている
6畳の自宅スタジオでは、モニタースピーカーを置いただけでは、判断環境にはなりません。
理由は単純です。
壁が近い。
床が近い。
天井が近い。
デスクも近い。
後壁も近い。
モニターから出た音は、直接耳に届くだけではありません。
側壁、前壁、デスク、床、天井、後壁に当たり、短い時間差で戻ってきます。
広いスタジオであれば、反射音がある程度遅れて届き、空間の響きとして整理されることがあります。
しかし、6畳では反射が早すぎる。
その結果、反射は自然な響きになる前に、音像のにじみ、センター定位の曖昧さ、キックの芯の見えにくさ、低域の膨らみとして現れます。
この部屋でも、ご本人はモニターの音を聴いているつもりでした。
しかし実際には、モニターの音と部屋の癖が混ざった状態を判断材料にしていました。
だから、部屋では合っている。
でも外では崩れる。
これは、よくある「ミックスが下手」という話ではありません。
判断している音そのものが、部屋によって歪められていたのです。
何が外れるのかを細かく分ける
DIVERが最初に行ったのは、吸音材の提案ではありません。
スピーカーの買い替え提案でもありません。
まず、本人の違和感を細かく聞きました。
外で聴いたとき、崩れるのはキックなのか。
ベースなのか。
キックとベースの関係なのか。
低域の量なのか、締まりなのか。
ボーカルのセンターも動くのか。
音量を上げたときだけ崩れるのか。
小音量でも判断できないのか。
どの曲で、どの帯域に違和感が出るのか。
ここを聞かずに、いきなり部屋を処理しても、設計の方向を間違えます。
今回の悩みは、かなり明確でした。
本人が最も困っていたのは、キックとベースの関係です。
部屋ではキックの低域が十分に見える。
だから低域を削る。
しかし外で聴くと、低域が薄い。
別の日には、部屋でベースが足りないと感じて足す。
すると外では、ベースが膨らみすぎる。
つまり、この部屋では、低域の量感判断が安定していませんでした。
さらに、センターやアタックの見え方にも揺れがありました。
これは低域だけでなく、デスク反射や側壁初期反射も絡んでいる可能性があります。
この時点で、DIVERはこの部屋を「吸音が足りない部屋」とは見ませんでした。
低域の暴れ・欠落、デスク反射、側壁初期反射、リスニングポイントが絡み合い、判断環境として不安定になっている部屋。
そう読みました。
6畳で低域判断が難しい理由
6畳の制作室で最も難しいのは、30〜300Hzの低域〜中低域です。
この帯域には、キックの重心、ベースの量感、トラック全体の土台が含まれます。
しかし同時に、部屋の影響を強く受けます。
30〜300Hzには、大きく3つの状態があります。
暴れている低域。
欠落している低域。
判断を支えている低域。
暴れている低域は、部屋の中で膨らみ、キックやベースを実際より大きく感じさせます。
この状態で低域を削ると、外で聴いたときに薄くなります。
欠落している低域は、直接音と反射音の相殺やリスニング位置の影響で、本来あるはずの低域が薄く聴こえている状態です。
この状態で低域を足すと、外ではボワつきます。
判断を支えている低域は、制作に必要な土台です。
ここまで吸ってしまうと、部屋はすっきりしたように感じても、音楽の重心が分からなくなります。
つまり、低域は「多い」「少ない」だけでは判断できません。
その低域が、部屋で膨らんでいるのか。
相殺で抜けているのか。
本当に音源の中にある成分なのか。
ここを分けて読まなければ、6畳ではキックとベースの判断が安定しません。
防音すれば、低域判断が良くなるわけではない

マンションの自宅スタジオでは、防音の問題も避けられません。
夜に作業したい。
近隣や家族に迷惑をかけたくない。
もう少し音量を上げて、キックやベースを確認したい。
こう考えるのは自然です。
しかし、防音すれば低域判断が良くなるわけではありません。
防音は、音を外へ漏らさないための設計です。
一方で、ルームアコースティックは、その部屋の中で音をどう判断できる状態にするかの設計です。
この2つは関係しますが、同じではありません。
遮音性能を高めるためには、壁・床・天井を重くし、気密性を高める方向になります。
これは外へ音を漏らさないためには有効です。
しかし室内側から見ると、低域が逃げにくくなることがあります。
特に30〜300Hzの低域〜中低域は、6畳の部屋では寸法や壁の剛性と強く関係します。
防音によって音が外へ逃げにくくなるほど、室内では低域の暴れや減衰の遅れが目立つことがあります。
つまり、防音室にすれば制作判断が安定する、とは限りません。
外へ漏れない部屋になっても、室内でキックとベースが見えなければ、制作室としては成立しません。
DIVERでは、防音を否定しません。
むしろ、マンションの自宅スタジオでは必要になることが多いと考えています。
ただし、防音ありきでは考えません。
どれだけ音量を出したいのか。
どの時間帯に制作するのか。
外へ漏らしたくない音はどの帯域なのか。
そして、防音によって閉じ込められる低域を、室内側でどう扱うのか。
ここまで含めて、制作室を設計する必要があります。
今回の事例では防音性能をD60程度に設定しています。
デスク反射は、センターとアタックをにじませる
この部屋では、デスク反射も無視できませんでした。
自宅スタジオでは、モニターがデスク上、またはデスク近くに置かれることが多くあります。
その場合、モニターから出た音の一部はデスク面で反射し、耳へ戻ります。
この反射は、低域の問題とは別に、センター定位やアタックの見え方をにじませます。
キックの芯が見えにくい。
スネアの位置が少しぼやける。
ボーカルの輪郭が前に出たり引っ込んだりする。
音像はあるのに、ピントが甘い。
こうした違和感は、モニターの性能だけでは説明できません。
今回の部屋でも、低域判断だけでなく、キックのアタックやセンターの見え方に曖昧さがありました。
そのため、モニター位置、耳の高さ、デスクとの距離、ディスプレイや機材の配置も確認する必要がありました。
デスクは家具ではありません。
制作室の中では、かなり大きな反射面です。
側壁初期反射が、音像と判断を曖昧にする
6畳では、側壁も近くなります。
モニターから出た音が側壁に当たり、短い時間差で耳へ戻る。
この反射が強いと、直接音に被ります。
その結果、センター定位が曖昧になる。
ボーカルの輪郭がにじむ。
キックの芯が見えにくくなる。
スネアの位置がぼやける。
音量を上げると急にうるさく感じる。
この部屋でも、側壁反射は制作判断に影響していました。
ここで注意したいのは、反射を全部消せばいいわけではないということです。
吸音材を増やせば、たしかに耳あたりは落ち着きます。
しかし、吸いすぎると音が近く、窮屈になります。
中高域だけが吸われ、低域の問題が残ることもあります。
必要なのは、反射を消すことではありません。
直接音を成立させるために、邪魔な初期反射を整理することです。
この部屋では、側壁初期反射を抑えつつ、部屋全体をデッドにしすぎない方向を考えました。
設計方針|まず配置で判断の基準点をつくる
この事例で最初に行うべきことは、音響材を足すことではありませんでした。
まず、モニター位置とリスニングポイントを再設定することです。
6畳では、モニターを少し動かすだけで低域の聴こえ方が変わります。
リスニングポイントを少し前後するだけで、キックとベースの量感が変わります。
だから最初に、部屋の中で低域がどう見えるかを確認します。
前壁との距離。
左右壁との距離。
耳の高さ。
モニターの高さ。
デスクとの関係。
リスニングポイントと後壁の距離。
トーイン角度。
制作時の実際の音量。
これらを一体で見ます。
目的は、完璧な理想配置をつくることではありません。
6畳の制約の中で、まず判断の基準点をつくることです。
どこで聴けば、キックとベースの関係が最も破綻しにくいか。
どこに置けば、デスク反射と側壁反射の影響を抑えられるか。
どこまで音量を上げたときに、部屋の低域が暴れ始めるか。
そこを探っていきます。
初期反射とデスク反射を整理する
配置で基準点をつくったあと、初期反射を整理します。
まず見るのは、側壁です。
6畳では側壁までの距離が近いため、一次反射が判断に強く影響します。
ここをそのままにしておくと、センターやアタックがにじみ、細かい判断が難しくなります。
次に、デスク面です。
モニターとデスクの関係が悪いと、ボーカルやキックの輪郭が曖昧になります。
これは低域判断にも影響します。
キックのアタックが見えにくいと、低域の処理も迷いやすくなるからです。
必要に応じて、モニターをデスクから切り離す。
スタンドを使う。
高さを調整する。
デスク上の機材配置を整理する。
反射が強い場所に処理を入れる。
こうした小さな調整が、6畳では大きく効きます。
ここでも、全部を吸うのではありません。
直接音に強く被る反射を整理し、判断に必要な情報を残す。
それが制作室の音響設計です。
目指したのは、気持ちよく鳴る部屋ではなく、判断できる部屋
この制作室で目指したのは、音が派手に鳴る部屋ではありません。
低音が気持ちよく出る部屋でもありません。
響きが豊かな部屋でもありません。
スピーカーの音が良く聴こえるだけの部屋でもありません。
目指したのは、判断できる部屋です。
キックとベースの関係が見える。
低域を足すべきか、削るべきか迷わない。
センターの輪郭が分かる。
音量を上げたときに、部屋の低域がどこから暴れ始めるか分かる。
外で聴いたときに、ミックスが大きく崩れない。
DTMの制作室では、気持ちよく聴こえることと、正しく判断できることは同じではありません。
もちろん、制作していて気持ちが乗ることも大切です。
しかし、判断が外れる部屋では、完成した音が外で崩れてしまいます。
だからDIVERは、6畳の自宅スタジオを「鳴らす部屋」としてではなく、「判断する部屋」として設計します。
6畳でも、音を判断できる制作室はつくれる

6畳の自宅スタジオで音が判断できない理由は、単に部屋が狭いからではありません。
モニターの音を聴いているつもりでも、実際には部屋の癖を聴いていることがあるからです。
低域が暴れているのか。
低域が欠落しているのか。
キックとベースの関係が本当に見えているのか。
デスク反射でアタックがにじんでいないか。
側壁初期反射でセンターが曖昧になっていないか。
リスニングポイントが低域の判断を狂わせていないか。
そこを分けて読む必要があります。
この事例では、モニター位置、リスニングポイント、デスク反射、側壁初期反射を整理し、必要に応じてKAIROSで反射の戻り方を整えることで、6畳でも音を判断できる制作室を目指しました。
DIVERは、吸音材を増やすことから始めません。
スピーカーを買い替えることからも始めません。
その人が何を判断できずに困っているのかを聞き、音源・低域・反射・余韻から、部屋をチューニングします。
6畳でも、音は整えられます。
ただし必要なのは、一般的な対策を足すことではありません。
その部屋で、何が起きているかを読むことです。
