僕たちはなぜ小さなオーディオルームでも、響きは必要だと考えるのか。
小さなオーディオルームでは、直接音を重視した方がいい。
ニアフィールドで聴けば、部屋の影響を減らしやすい。
スピーカーセッティングを詰めれば、より純粋な音に近づける。
こうした考え方には、たしかに合理性があります。
実際、小さい部屋では壁が近く、反射の影響も受けやすい。
だから、直接音を優位にすることが有効な場面はあります。
それは否定できません。
既存記事の ニアフィールドで音場を作る方法 でも書いた通り、小さい部屋には小さい部屋なりの聴き方があります。
でも僕は、ずっとそこに引っかかっていました。
もし本当に直接音だけで十分なら、
なぜ多くのオーディオファンは大きなオーディオルームに憧れるのか。
なぜ口々に「うちは部屋が狭いから」と言うのか。
なぜオーケストラの響きや、腹から来るようなスケール感や、空間の気配を求め続けるのか。
それはたぶん、みんな本当は知っているからだと思います。
音楽は、耳元の直接音だけでは終わらない ということを。
小さな部屋だからといって、音楽を直接音の中だけに閉じ込めていいわけではない。
僕はそこを、どうしても受け入れきれませんでした。
僕は、ニアフィールドの正しさを否定したいわけではなかった
ここは誤解なく書いておきたいところです。
小さい部屋では、スピーカーと耳の距離を近づけ、部屋の影響が強くなる前に直接音を捉える。
この考え方は筋が通っています。
特に、
- 壁との距離が十分に取れない
- 大きな音量を出しにくい
- 反射が荒れやすい
- 音場が崩れやすい
という条件では、直接音を優位にする考え方はかなり有効です。
だから僕も、ニアフィールドそのものを否定したかったわけではありません。
問題は、そこから先です。
ニアフィールドは一つの合理策であって、音楽の完成形そのものではない。
そこを混同したくなかった。
小さい部屋での合理性が、そのまま音楽の限界になってしまう感じが、僕にはどうしても納得できませんでした。
僕は、人が大きな部屋に憧れる理由をずっと考えていた
オーディオファンが大きな部屋に憧れる理由は、見栄だけではないはずです。
本当はもっと素朴で、もっと身体的な理由がある。
たとえば、
- オーケストラがもっと自然に広がってほしい
- ボーカルがただ近いだけではなく、空間の中に立ってほしい
- 音がスピーカーから離れてほしい
- 腹からズドーンと来るような、スケールのある鳴り方がほしい
- 響きが薄いのではなく、生きていてほしい
こういう感覚です。
つまり多くの人は、理屈以前に、
音楽には空間が必要だ
ということを身体では知っているのだと思います。
だからこそ、「うちは狭いから仕方ない」と言いながらも、どこかで諦めきれない。
それは贅沢だからではなく、
音楽に本来あるものが、まだ取り戻せるかもしれないと感じているから です。
僕が腹を立てていたのは、響きではなく、壊れた響きの方だった
小さい部屋では、たしかに反射の問題が起きやすい。
壁が近い。
床も天井も近い。
だから直接音のすぐ後に、さまざまな戻りが密集しやすい。
その結果、濁り、広がり不足、前側での張り付き、平面化が起きやすい。
この構造的な難しさは、なぜ小さい部屋では音場が作りにくいのか でも書いた通りです。
でも僕は、そこで問題を
「だから響きは要らない」
にしてしまうことに、ずっと違和感がありました。
本当の問題は、
響きがあること ではなく、
響きが壊れた形で短い時間に集中してしまうこと
なのではないか。
だったら、小さい部屋で必要なのは、響きをゼロにすることではない。
響きが音楽を壊す形で戻らないようにすること のはずです。
僕が見過ごせなかったのは、そこでした。
僕は、多くの人が本当は気づいていると思っている
本当は多くの人が、部屋の問題に気づいているはずです。
ただ、それを正面から認めにくい。
なぜなら、それを認めると、
- 今のスピーカーだけでは解決しないことになる
- 今までのセッティングだけでは足りないことになる
- 投資してきたものを否定する感じになる
からです。
だから人は、
「音はいいんですけどね」
「うちは狭いから」
「これ以上は仕方ない」
と、どこかで自己完結します。
でも、その奥にはたぶん、
まだ何かある
という感覚が残っている。
僕は、その未解決感を見ないふりをしたくありませんでした。
DIVERは、その違和感を“小さい部屋の空間設計の問題”として捉え直した
ここからは、僕個人の感情ではなく、DIVERとしての考えです。
DIVERは、小さい部屋の問題を、単に
- スピーカーの性能
- 直接音の純度
- セッティングの微調整
だけで見るのではなく、
空間条件そのものの問題 として捉えています。
ホールがなぜ響きを重視するのか。
なぜオーケストラは、ただ大音量で鳴ればいいわけではないのか。
なぜ空間設計がそこまで重要なのか。
それは、音楽が空間によって支えられているからです。
大きいか小さいかは確かに違う。
でも、空間が音楽に関与するという原理そのものは同じ です。
だからDIVERは、小さい部屋でも、
ただ諦めるのではなく、
小さい部屋のための専用設計が必要だ
と考えてきました。
良いリスニングルームとは何か でも書いたように、
良い部屋とは広い部屋ではなく、音楽が成立する条件が整った部屋です。
小さい部屋だからといって、その方向を放棄する理由にはなりません。
DIVERは、音圧で押し切るほど空間が壊れやすいことを重く見ている
満たされないとき、人はつい音圧を上げたくなります。
押し出しを増やしたい。
もっと鳴らしたい。
もっと来てほしい。
その感覚自体は自然です。
しかしDIVERは、小さい部屋では、音圧を上げるほど
壁、床、天井からの戻りも強くなりやすいことを重く見ています。
その結果、
- 反射が強まる
- 音が濁る
- 広がらなくなる
- 前側で密集する
- 響きが壊れる
ということが起きやすい。
しかもこれは、爆音再生だけの話ではありません。
小さな部屋では、相対的に音圧の存在感が強くなりやすく、
聴いているうちに少しずつ押し出しを欲しやすくなる。
その結果、空間の条件がさらに壊れやすくなることがあります。
つまりDIVERは、
スピーカーの音圧で全部を押し切ろうとすると、小さい部屋では空間の方が先に壊れやすい
と考えています。
KAIROSは、僕が直接音だけで終わらせたくなかったところから生まれた
ここで、ようやくKAIROSの話になります。
KAIROSは、単に反射を減らすために生まれたものではありません。
また、響きを全部消すためのものでもありません。
出発点にあったのは、
小さい部屋でも、音楽を直接音に閉じ込めたくなかった
という、僕の強い違和感です。
- 反射が悪さをするなら、壊れ方を変えられないか
- 響きが濁りになるなら、時間の中でほどけないか
- 小さい部屋でも、空間の役割を取り戻せないか
- ほんの少しでも、スピーカーが本来持つ音楽性を引き出せないか
その問いを、DIVERは設計と検証の問題として扱ってきました。
そして、その試みの一つの答えがKAIROSです。
だからKAIROSは、
「狭い部屋を広い部屋に変える」
という話ではありません。
そうではなく、
小さい部屋の中で、音楽が空間として成立する余地を取り戻すための試み です。
僕は、小さなオーディオルームで音の限界を自分で決めたくなかった
これは、DIVERの出発点でもありますが、同時に僕自身の実感でもあります。
小さい部屋は不利です。
それは事実です。
でも、不利であることと、可能性がないことは違います。
「うちは狭いから」
「直接音で聴くしかない」
「ここまで鳴れば十分」
その言葉の中には、たしかに現実もある。
でも同時に、まだ方法があるかもしれないという可能性を、自分で閉じてしまう危険もあります。
僕は、それを簡単には受け入れたくありませんでした。
小さなオーディオルームでも、
ほんの少し空間の条件が変わるだけで、
スピーカーの鳴り方が大きく変わることがあります。
音楽の広がり方が変わることがあります。
響きの見え方が変わることがあります。
だから、音を諦める必要はない。
小さい部屋の限界を、自分で決める必要はない。
それが僕の実感であり、DIVERの考えです。
まとめ
なぜ小さなオーディオルームでも、響きは必要なのか。
それは、音楽が直接音だけで終わらないからです。
ニアフィールドの合理性はあります。
直接音を重視する意味もあります。
けれど、それだけでは多くの人が満たされない。
なぜなら本当は、みんな空間の役割を身体で知っているからです。
だから大きな部屋に憧れる。
だから「狭いから仕方ない」と言いながらも、どこかで諦めきれない。
僕は、その諦めの空気を受け入れきれませんでした。
そしてDIVERは、その違和感を
小さい部屋の空間設計の問題 として扱ってきました。
小さい部屋で問題なのは、響きがあることではありません。
響きが壊れた形で戻り、音楽を濁らせ、狭め、平面化させることです。
だから必要なのは、響きをゼロにすることではなく、
小さい部屋で音楽が壊れない条件をつくること です。
KAIROSは、その諦めに対する技術的な答えとして生まれました。
音を諦める必要はない。
小さいオーディオルームでも、まだ方法はある。
DIVERは、そこから始まっています。
小さな部屋では直接音だけで十分なのか。
それとも、小さい部屋だからこそ空間の扱い方を変える必要があるのか。
DIVERがその問いにどう答えているかは、KAIROS で詳しく紹介しています。
