第1章|「素材が働かない家」は、もったいない
杉の床、漆喰の壁、和紙の天井。
どれも僕が好きな素材ですし、実際に多くのリノベで使っています。
でも、正直に言うと「素材を使っているだけの家」は世の中にたくさんあります。
そして、その中には「素材がうまく働けていない家」も少なくありません。
空気がこもっていたり
窓の断熱が甘くて冷気が入り込んでいたり
せっかくの無垢材の床が、結露で浮いてしまったり
そんな光景を見るたびに、**「素材が活きる条件を整えないと意味がない」**と痛感します。
素材には本来、それぞれに働く力があります。
杉は空気をやわらげ、漆喰は湿度を調整し、和紙は光をやさしく拡散させる。
でもそれは、家の構造や断熱、空気の流れが整っていて初めて活きるものなんです。
つまり素材は、**“ただ貼るもの”ではなく、“活躍させるもの”**なんです。
そして、素材を活かすためには、素材より先に「見るべき順番」があります。
どんな物件を選ぶか。
どこに手を入れるか。
断熱や気密と素材をどう重ねるか。
変えるべき部分と、変えなくていい部分をどう見極めるか。
それを間違えると、「自然素材の家にしたのに、なぜかしっくりこない」と感じる家になってしまう。
このハブ記事では、僕がこれまで現場で感じてきた
**「素材が働く家を選ぶための視点と順番」**についてまとめていきます。
素材にこだわる前に、まず整えておくべき“土台”とはなにか。
自然素材を選ぶ人こそ読んでほしい、中古リノベの考え方をお伝えします。
第2章|国産材を活かす家とは|杉とヒノキを選ぶ理由
素材は“人と空気に合うか”で選ぶ
僕が使う木材は、ほとんどが国産材です。中でも、杉とヒノキ。
なぜこの2つを選ぶのか。理由はたくさんありますが、ひとことで言えば、**“人と空気に合う素材だから”**です。
杉の床に素足で立ったときの、ほんのり温かくやさしい感触。
ヒノキの壁に顔を近づけたときの、深く落ち着く香り。
これはどちらも、日本の気候と身体感覚にぴったりと寄り添ってくれる素材です。
詳しくは、こちらの記事でも紹介しています:
👉 杉とヒノキの違いを深掘りした記事はこちら
経年変化が“味になる”素材
さらに、杉もヒノキも、経年変化によって美しさが増していくという魅力があります。
最初は白く頼りない印象だった床も、数年経てば深みのある飴色へ。
手に触れる回数が多い場所ほど、艶と味わいがにじみ出てくる。
だから僕はよく、「完成時より5年後のほうが好きになれる家」を目指して設計します。
これは、無機質な建材では絶対に得られない感覚です。
素材は“貼るだけ”では働かない
でも、こうした素材の魅力は「貼っただけ」では発揮されません。
室内の湿度が不安定だったり
壁の下地が冷たくて結露しやすかったり
空気がよどんで素材の調湿が機能しなかったり
そんな環境では、素材の力は抑え込まれてしまう。
だからこそ、素材に“働ける場”を与える設計が必要なんです。
素材は“感覚”と“空気”を整えるツール
僕が杉やヒノキを選ぶのは、それが国産材だからではなく、
暮らしに直接触れる「感覚」と「空気」に効いてくる素材」だからです。
そしてそれを活かすには、断熱・気密・日射・換気——
あらゆる要素を整えて、素材が“仕事できる家”にしてあげることが前提になります。
自然素材は、ただナチュラルであればいいわけじゃない。
素材を使うからには、使いこなす覚悟がいる。
それが、僕の考える設計のスタート地点です。
第3章|物件選びの目利き|構造・方角・湿気をどう見るか
図面より、現地で“空気”を見る
中古住宅を選ぶとき、「築年数が浅い」「立地が便利」だけで決めてしまう人が多いですが、僕がまず見るのは「空気」です。
物件に入った瞬間の湿気のにおい、窓の結露跡、床下の通気の状態——
こういう要素が整っていなければ、どれだけ素材を使っても活かせません。
空気が動いている家は、住まい手が丁寧に暮らしてきた証拠でもあります。
逆に、長く空き家になっていた家や、無理なリフォームが繰り返された家は、空気がどこか“重い”。
設計者としては、まずこの“目に見えない履歴”を感じ取るところから物件選びが始まります。
見るべきは「構造」と「方角」と「湿気」
性能リノベや自然素材リノベを考えているなら、
以下の3つは最低限チェックすべきポイントです。
1. 構造がシンプルかどうか
構造が複雑だと、間取り変更や断熱施工が難しくなることがあります。特に鉄骨造や混構造は注意。
2. 方角と開口部の関係
南面の開口が少ない家は、自然光の取り込み・日射取得の設計が難しくなります。
3. 湿気の経路
床下換気、北側の壁の状態、浴室・洗面の排気系。湿気がこもる家は素材を傷める原因にもなる。
こうした要素を一つひとつ丁寧に確認することで、「素材を活かせる器かどうか」が見えてきます。
“素材ありき”ではなく、“器としての家”を見る目
杉や漆喰を使う前提で家を探している人は多いです。
でも僕からすれば、「素材を選ぶ」よりも前に「素材が働ける場所か」を見てほしいと思っています。
いくらいい素材を選んでも、家の器が歪んでいれば、その力は封じ込められてしまう。
中古リノベでは、まず「整えられる家かどうか」を見極めること。
素材の話はそのあとです。
次章では、大きく壊さずに、自然素材を活かして暮らしの質を変える方法についてお話しします。
変えすぎないリノベの価値について掘り下げます。
第4章|大きく変えないという選択|間取りそのままでも空気は変えられる
「全部変えないと快適にならない」は思い込みかもしれない
中古住宅のリノベ相談でよく聞くのが、「せっかくだから間取りを全部変えたい」という声です。
もちろん、大きく変えることが悪いわけではありません。
でも僕は、「変えない」という選択肢の方が、暮らしに深く馴染むケースも多いと感じています。
なぜなら、不快の原因が構造ではなく“空気の質”にある場合が多いからです。
部屋の配置を変えずに、空気と温熱を整えるだけで、
まったく印象が違う空間になることは珍しくありません。
素材と断熱、そして照明で“感覚”は変わる
たとえば、僕が手がけたリノベで、こんな事例があります。
築25年の独立型キッチンを持つ家。
壁を抜かず、間取りも動かさず、手を入れたのは以下の4点だけ。
- 床を赤身の杉板に張り替え
- 壁の一部を漆喰に
- 掃き出し窓に内窓を追加
- 天井と照明を調整して、空気の流れをデザイン
これだけで、「リビングの空気が変わった」「足元が冷えない」と言ってもらえました。
体感の質は、構造よりも空気と触れ心地で決まることが多い。
“変えない設計”は、住まい手にやさしい
大きく変えすぎるリノベは、どこか“他人の家”のようになることもあります。
でも、暮らし慣れた間取りのまま空気が整うと、“安心の延長線”に新しさが乗る。
その方が、心と体に自然に馴染んでいくんです。
変えないリノベは、予算も抑えやすく、
施工範囲をしぼることで素材の質も上げられる。
「全部変えずに、深く整える」
それが、自然素材リノベの本来の価値だと僕は思っています。
次章では、物件購入の前に知っておくべき「10の視点」をご紹介します。
“素材を使える家”かどうかを見極める判断軸として、設計者の目線でまとめます。
第5章|購入前に知っておくべき10の視点|築年数より空気を見る
中古住宅は「築年数」で選ぶものじゃない
物件探しをしている人の多くが、「築浅=安心」「築古=不安」といった感覚を持っています。
でも僕の経験上、築年数よりも“管理されてきた履歴”や“空気の質”がずっと大事です。
築30年でも丁寧に住まわれていた家は、空気が軽くて素材が傷んでいない。
逆に、築15年でも空き家になっていた期間が長い家は、湿気とカビで内部がダメージを受けていることも。
住んでいた“時間”より、“どう住まわれていたか”。
ここに着目できると、物件の見方は大きく変わります。
👉 関連記事:中古住宅購入前にチェックしたい10の項目はこちら
僕が現地で見る10のチェックポイント
僕が中古物件を見に行ったとき、必ず確認するのが次の10点です。
- 空気のよどみやにおい
- 北側の壁面の結露・カビの跡
- 床下や小屋裏の換気経路
- 日射の入り方と方角
- 水まわりの位置と更新履歴
- 窓の開き方とサイズ
- 構造の素直さ(耐力壁・筋交いの位置)
- 雨漏りや補修履歴の有無
- 給排水のルートと勾配
- 空き家期間の長さと手入れ頻度
これらをチェックすることで、「整えられる家かどうか」が見えてきます。
設計者と一緒に見ると、“家の未来”が見える
設計者と一緒に物件を見ると、見え方がガラッと変わります。
不動産的な価値ではなく、「ここが活かせる」「ここは直せる」といった未来の暮らしから逆算した目線になるからです。
僕はよく、物件を案内しながら「この家、素材がちゃんと働けそうですね」と言います。
それは、構造や空気が整っていて、無垢材や漆喰が息をしやすい“土台”があるということ。
だからこそ、素材にこだわる人ほど、物件選びの段階で設計者に相談してほしい。
その判断だけで、リノベの自由度も仕上がりの質もまるで違ってきます。
次章では、断熱だけでは本当の快適さは手に入らない理由についてお話しします。
空気・素材・気密・暮らし方まで含めた“重なり設計”の視点で深掘りしていきます。
第6章|断熱だけじゃ足りない理由|気密・換気・素材の重なり設計
「断熱したのに寒い家」はなぜ生まれるのか
「断熱リフォームをしたはずなのに、まだ寒い」「結露が減らない」
そんな声を聞くことがあります。
断熱材の性能や施工が間違っていたわけではなくても、“断熱だけ”では快適にならないことがあるんです。
それは、断熱・気密・換気・素材といった要素が**“重なって設計されていない”**ことが原因です。
快適性は、断熱の数値だけで決まりません。
そこに空気の流れや湿度の安定、そして素材の呼吸まで連動してはじめて、「気持ちよさ」が生まれる。
気密施工がなければ、換気も素材も働かない
気密が甘いと、室内の空気はコントロールできません。
せっかく漆喰を塗っても、空気がよどんでいれば調湿効果は発揮できない。
24時間換気を設置しても、隙間だらけの家では“空気が迷子”になります。
僕の考える設計では、気密=断熱の土台、空気の道筋を整えるものです。
そして、自然素材がしっかり働くには、ある程度の気密が必要。
素材を「効かせる」ためにこそ、施工の精度が問われます。
空気の“通り道”がある設計が暮らしを変える
空気の流れは自然に起きるものではありません。
対角線に開口をつくる、天井の段差を利用する、内窓を活用する——
こうした細やかな配慮の積み重ねで、素材の働ける空間ができあがる。
断熱して、気密して、空気を通して、素材を使う。
この順番がズレると、仕上がりは全然違ってしまう。
家の中に空気の“レイヤー”がきちんと積み上がっているとき、
はじめて「この家、なんだか気持ちいい」と感じられる家になる。
素材と性能は、“競合”じゃなく“協働”するもの
無垢材や漆喰は、単体でも魅力的です。
でも本当に力を発揮するのは、性能と合わさったとき。
杉の床が冷たくないのは、床下断熱が効いているから。
漆喰の壁が快適なのは、空気がきちんと動いているから。
それが、僕がいつも設計の起点にしている考え方です。
次章はいよいよまとめ。素材リノベを成功に導くために、
何から考え、どう順番を整えていくべきか。最後に振り返ります。
おわりに|素材が活きる中古リノベには“順番”がある
素材は“貼る”のではなく“活かす”もの
無垢材、漆喰、和紙。
自然素材の家に惹かれる人は年々増えています。
でもその中で、「使ったはずなのに、思ったほど心地よくない」と感じる人も少なくありません。
それは、素材を“最初に選んでしまった”ことが原因かもしれません。
素材は最後に出てくる要素です。
それまでに、どんな器(家)を選び、どこを整え、空気や熱や湿度がどう動くのか。
そこが整ってはじめて、素材が“働ける”ようになる。
素材を使うなら、まずは“器”を選ぶ
いい素材を使いたいと思ったら、
まずはそれが活きる物件かどうかを見極めることが大切です。
構造は素直か?
湿気は抜けているか?
断熱や気密を整える余地はあるか?
それらを見ながら、「この家なら、素材がちゃんと息できる」と思える器を選ぶ。
それが、素材リノベのスタートラインです。
順番を間違えなければ、素材は必ず応えてくれる
このハブ記事で紹介してきたのは、すべて“順番”の話です。
- 家を選ぶ
- 整える場所を見極める
- 空気と熱を設計する
- その上で素材を重ねる
この順番を踏めば、無理に壊さなくても、住まいは確実に変わります。
そして素材は、暮らしの中で静かに働きながら、年月とともに深く馴染んでいきます。
素材は、空間の“仕上げ”であると同時に、暮らしの“はじまり”でもある。
僕はそう思っています。
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