第1章|京都の敷地はなぜ“住みにくい”と感じられるのか?
「なんとなく住みにくいんですよね」
僕がよく聞く京都の家の悩みは、この一言に集約されています。
実際、間取りを見れば3LDK。築年数も悪くない。価格も希望内。
それでも、「なぜか、息が詰まる気がする」「家にいると疲れる」と話す方が多い。
——その違和感の正体は、空間の広さではなく、空気の通りにくさにあると、僕は思っています。
住みにくさの正体は“空気が動かないこと”
京都市街の敷地は、間口が狭くて奥に長いという特性があります。
俗にいう「うなぎの寝床」ですね。
- 南側に隣家が迫っている
- 道路は北側のみで、光も風も届かない
- 窓はあるのに、風が抜けない
- 冬は底冷え、夏は湿気がこもる
こうした状況で暮らしていると、
家そのものが“空気の袋”のように滞ってしまう。
それは見た目の問題でも、面積の問題でもない。
「空気が整っていないこと」が、住みにくさの正体なんです。
「狭小住宅」という言葉がもたらす誤解
一般的にはこうした敷地を“狭小住宅”と呼ぶことが多いですが、
この言葉には「妥協」や「我慢」というニュアンスがつきまといます。
でも、僕は違う見方をしています。
狭いからこそ、
空気の流れを設計する価値がある。
素材の手触りがダイレクトに暮らしに響く。
空気、音、気配が、生活の質を支える。
それは、ただの住宅ではなく、
「深呼吸できる器」としての家なんです。
再建築不可、密集地、三方囲まれ——制約こそ、設計の起点
京都の敷地は、再建築不可や変形地など「設計者泣かせ」と言われる要素がたくさんあります。
でも僕たちからすれば、それは設計が光る場所です。
- 建て替えられないなら、“空気を入れ替える”設計を
- 変えられない構造なら、“風を抜く”余白を
- 窓を大きくできないなら、“素材で呼吸させる”
こうした制限の中に、設計の本質がある。
それが、キノスミカが京都で家づくりを続ける理由のひとつです。
空気が動けば、家が整う。家が整えば、人も整う。
「なんか気持ちいいんです」
僕たちが手がけた家に来た人が、最初に口にする言葉です。
広くなくても、豪華でなくても、深呼吸したくなる家はある。
それは、空気が整っているからです。
家は、構造でも間取りでもなく、
**“空気が人を包む器”**として、はじめて心地よくなる。
それが、僕たちキノスミカの設計思想であり、
「狭小住宅」ではなく、**“空気から再設計する家”**を届ける理由です。
第2章|風が通らない家は、空気が濁る
風が抜けない家は、見た目にはわからないけれど、
確実に「空気の質」が落ちていきます。
- 朝起きた瞬間に感じる、どんよりと重たい空気
- リビングにこもる湿気と生活臭
- 帰宅したときに漂う“家のにおい”
これは、**風が通らない家特有の“濁った空気”**です。
そしてその原因は、単純な「換気不足」ではありません。
空気の通り道が、設計されていないこと。
空気は、自然には流れない
多くの人が、「窓を開ければ風は入る」と思っています。
でも、京都の密集地に建つ家では、それが成立しない。
- 風が通る“入口”と“出口”がそもそもない
- 前後に窓があっても、家具や壁でふさがれている
- 風が動くための“余白”が、どこにもない
つまり、空気は設計されなければ流れない。
これは僕たちの家づくりで、何度も何度も確認してきたことです。
空気の流れは、「家の血流」
家にとっての空気の流れは、
人間でいうところの“血流”のようなものだと思っています。
- 血が巡らないと、身体は冷え、内臓が疲れる
- 空気が巡らないと、家は冷え、湿気が滞り、においが濃くなる
家の空気が濁っているとき、そこに住む人の身体や気持ちも、なんとなく重くなる。
深呼吸したくてもできない、そんな感覚になる。
だから僕たちはまず、空気の入口と出口をつくることから始めます。
給気と排気はセットで考える
“風が通る家”というと、窓の配置や開放感ばかりが注目されがちですが、
実際にはもっと計画的に設計する必要があります。
● 計画的な「給気」
- 給気口はどこに設けるか?
- フィルターで花粉やPM2.5をカットできるか?
- 給気位置が低すぎて冷気が直撃していないか?
● 計画的な「排気」
- 湿気やにおいがたまりやすい場所(脱衣所・キッチン)に排気があるか?
- 排気口に到達するまでに“空気のルート”が設計されているか?
空気は「入れるだけ」でも「出すだけ」でも意味がありません。
“巡る”ことが、本当の快適を生む条件なんです。
狭い家こそ、風の通り道を精密に描く
僕たちが京都の狭小住宅で設計するとき、
家のどこに風が“曲がり”どこで“滞留する”かを、図面の中で読み解いていきます。
- 空気が抜けるラインができているか
- 天井高や階段、吹き抜けで上下の流れが確保できているか
- 引き戸を開けたときに、風が1階から2階へ上がる構造になっているか
これらを**ミリ単位で整えることで、空気は“呼吸するように動く”**ようになります。
広くなくても、風が流れれば、心地よさは生まれる。
空気が整うと、暮らしの濁りも消えていく
風が抜ける家に変わったとき、
空気は軽くなり、素材の香りが立ち、湿気が抜け、暮らしの感覚が一変します。
「家に帰ったときの感じがまるで違う」
「朝起きて、深く息が吸えるようになった」
僕たちが届けたいのは、そういう**“体感でわかる変化”**です。
そしてそれは、風が通るだけではなく、巡るように設計された空気があるからこそ生まれるもの。
深呼吸したくなる家とは、
**空気が滞らず、暮らしの気配が“ちゃんと流れている家”**だと、僕は思っています。
第3章|素材が空気に働く、ということ
「家の空気が変わった気がする」
リノベーション後に住まい手からこう言われることがあります。
でも、空調機器を変えたわけでも、部屋数を増やしたわけでもない。
唯一、変えたのは**“素材”**でした。
僕はこの瞬間に、設計者として深く手応えを感じます。
空気は、見えないけれど確かに“素材の質”に影響を受けている。
素材は、ただ見た目を整えるものではない
よく「自然素材の家って見た目が柔らかいですよね」と言われます。
確かにそうかもしれない。でも僕にとって素材は、
空気の質感そのものをつくるものだと思っています。
- 杉の床を使うと、空気が静かになる
- 漆喰の壁を塗ると、においが薄れていく
- 和紙を張った壁は、湿度をやさしく調整する
これらは、ただのインテリアではなく、空気に働きかける道具なんです。
狭小空間では、“空気に触れる面積”が暮らしに直結する
面積が小さいからこそ、素材の質が生活に与える影響が大きくなります。
● 杉の床
- 足音が軽やかに吸い込まれていく
- 冬でもひんやりしにくく、体温を受け止めてくれる
- 木の香りが空気に溶け込んで、空間全体にやわらかさを与える
● 漆喰の壁
- カビやにおいの吸着性
- 呼吸性による空気の整流作用
- 光を反射して空間の明るさまで変える
● 和紙クロス・土壁
- 吸音・吸湿・吸臭の三拍子
- 狭い空間でも“気配をまるく包む”ような効果
僕はよく、素材の選定は空気の味付けと同じだと言います。
料理でいえば“出汁”のような存在。
目立たなくても、それがなければ空気は美味しくならない。
素材が空気に合っていなければ、違和感になる
ここが重要なポイントですが、
いくら高級な素材でも、空気の流れや湿度が整っていなければ、かえって不快さを助長します。
- 湿気がこもる空間に無垢材を使えば、床が反る
- 空気が動かない部屋に和紙を使えば、カビが出る
- 結露する壁に漆喰を塗っても、劣化が早い
素材は“空気と会話しながら生きていくもの”。
だからこそ僕たちは、空気の器としての設計が整った後に、素材を選びます。
素材が活きる家には、静けさがある
よく、僕たちがつくった家に来た人が、こう言います。
「静かですね」
「なんか、音がやわらかい」
「話し声が疲れない感じがする」
それは、空気が素材と共鳴しているから。
音も湿気もにおいも、素材が優しく受け止めているから、
暮らしの輪郭が、ふっとにじむような空気になるんです。
空気と素材が呼応するとき、“深呼吸したくなる家”が生まれる
空気を整えるだけでも、素材を選ぶだけでも、足りない。
でもこの二つがかみ合ったとき、
人は本能的に「ここに居たい」と感じる空間が生まれる。
それが、僕たちがめざす**“深呼吸したくなる家”**です。
見た目ではなく、香りでもなく、
「空気の手触りそのもの」をつくるのが、素材という設計要素なんです。
第4章|奥に長い家に気配を通す
京都の家には、特有の「奥行きの深さ」があります。
間口が狭くて、細長くて、部屋が縦に並んでいる。
よく「うなぎの寝床」と言われるように、
こうした家では、人と人との“気配”が途切れやすいんです。
- 奥の部屋で子どもが何をしているのかわからない
- 家の中に家族がいるはずなのに、音も気配もしない
- 自分の部屋だけが“別の空間”のように感じる
これは「狭いこと」そのものよりも、
“つながりの線が設計されていないこと”が原因だと、僕は考えています。
間取りが切るのは「空間」だけじゃなく「気配」も
住宅の間取りは、人の動線を整えるためにつくられています。
でも、それだけでは**“気配の動線”**までは設計されていない。
- 閉じたドア
- 区切られた壁
- 吸音材で囲まれた個室
こういった構造は、一見「快適」に見えますが、
人の存在感を遮断してしまうと、どこか“孤立感”を生んでしまうんです。
気配をつなげる設計とは、「視線・音・光・空気」を通すこと
“気配がつながる家”をつくるために、
僕たちが意識しているのは、視線・音・光・空気の“抜け”です。
● 視線
- 室内窓/欄間/吹き抜けで、空間のつながりをつくる
- 廊下や階段の先に“誰かのいる空間”が見えることが大切
● 音
- 音が届きすぎず、でも消えすぎない設計
- 漆喰や杉の素材が、音を“まるくして通す”
● 光
- 家の奥まで光を届けるための反射・透過の設計
- 内部窓や透ける素材を使って、“光の気配”を伝える
● 空気
- 風の流れが、人の存在感を家中に運んでくれる
- 生活音+空気+匂いの流れ=“気配の空間”
家族の「気配」をどう設計に組み込むか。
これが、狭小住宅においては最大の暮らし心地の鍵になります。
閉じるだけでなく、“にじませる”という設計
特に子育て世代や共働き家庭では、「個室が必要」という要望が多くなります。
でも、個室=孤立ではなく、“つながりのある個”をどう設計するかが重要です。
- 音が届くけれど気にならない壁
- 光が漏れるけれどまぶしくない素材
- 視線が抜けるけれど、プライバシーが守られる間仕切り
空間を“完全に区切る”のではなく、
にじませながらつなげていく。
この絶妙な距離感が、気配を宿す家の設計なんです。
「つながってる感じ」が、人の安心感を支える
家族がそれぞれの場所で別のことをしていても、
なんとなく“つながっている”感覚がある。
これが、暮らしにとってとても大事だと僕は思っています。
- 朝、誰かが階段を降りてきた音がする
- 台所の匂いが奥の部屋まで届く
- 窓の向こうに家族の影が見える
それだけで、人は“ひとりじゃない”と感じられる。
そしてその感覚は、広さではなく設計の工夫で生まれるものです。
奥に長い家は、“気配のデザイン”でつながる
「気配が通る家」には、深呼吸できる安心感があります。
空気が、光が、音が、視線が——
空間をゆっくり巡っていくとき、
人の存在も一緒に巡っていく。
京都の奥に長い家を、ただ“広げる”のではなく、
“つなげる”ことで整える。
それが、僕たちキノスミカの設計思想です。
第5章|断熱と気密は空気の“質”を守るもの
「この家、なんか“ぬるい”感じがする」
エアコンは効いているのに、どこか足元が冷えて、頭がボーっとする。
室温は適正なのに、空気がこもっているように感じる。
そんなとき、僕たちが疑うのは断熱と気密のバランスです。
温度ではなく、“空気の質”が整っていない状態。
家の中の空気がきちんと保たれていなければ、
どれだけ暖房を効かせても、素材を使っても、「深呼吸したくなる家」は成立しません。
断熱と気密は“快適”のためだけじゃない
断熱=寒さ対策。気密=省エネ。
確かにそうです。でも、僕たちの設計ではもう一段深い意味があります。
それは、空気の「質感」を保つための仕組みとしての断熱・気密。
- 冷たい空気を室内に入れない
- 室内のあたたかい空気を逃がさない
- 湿気の移動を制御して結露を防ぐ
- 空気が“淀む場所”をつくらないよう導線を守る
つまり断熱・気密とは、空気の“輪郭”を設計する行為。
空気がゆっくり、優しく、安定して巡るための“器”なんです。
小さな家ほど、空気の設計がシビアになる
狭小住宅や町家では、空間の余白が少ないぶん、
空気の質に対する人の感覚が鋭くなります。
- 床からの冷気がダイレクトに体に伝わる
- 湿気の滞留が“におい”や“カビ”になって現れる
- 気密が取れていないと、風が漏れて空調が安定しない
面積が小さい分、たった1箇所の隙間や冷気の侵入が、家全体の“空気バランス”を崩す。
だからこそ、狭い家にこそ、丁寧な断熱と気密が必要なんです。
床下と壁内の“空気の死角”をどう整えるか
僕たちが断熱・気密設計で特に気をつけているのは、
床下と壁の中の空気です。
● 床下断熱:高性能グラスウール+気流止め+通気設計
→ 冷気と湿気を遮りつつ、空気が淀まないように“動線”を確保する
● 壁内断熱:可変透湿気密シートで季節対応
→ 冬は防湿、夏は通気。壁が呼吸する設計にする
断熱と気密は「閉じるため」ではなく、“巡らせながら守る”ためにある。
これが、キノスミカの設計のベースです。
気密性が高い家こそ、“空気の逃げ道”が必要になる
ここで一つ、誤解されがちな話があります。
「気密性を高めると、空気がこもるのでは?」
答えは逆です。気密が高いからこそ、“空気をどう抜くか”が設計できるんです。
気密が低い家では、どこからともなく空気が入り、どこからともなく抜ける。
それはつまり、空気が“設計されていない”ということ。
気密性があることで、給気と排気のルートを明確にできる。
そして、風の通り道を“描く”ことが可能になる。
これこそが、呼吸する家づくりの真髄です。
空気の質を守るために、断熱と気密がある
空気の質は、温度や湿度だけじゃない。
「どう流れ」「どこで滞り」「どう出ていくか」まで設計されて、はじめて整う。
断熱と気密は、**その空気の質を守る“見えない技術”**です。
狭いからこそ、気流は繊細になる。
だからこそ、僕たちは“構造の裏側”にこそ丁寧に手をかける。
それが、「深呼吸したくなる家」を根っこから支える設計です。
まとめ|“広くなくても、深呼吸したくなる家”は設計できる
「狭いから、しょうがない」
「この土地では、あきらめるしかないですよね」
そう言って、半ばあきらめるように家を選ぶ人が、本当に多い。
でも僕たちは、ずっとそれに違和感を持ってきました。
“広さ”が心地よさを決めるわけじゃない。
暮らしやすさは、「空気がどう流れ、どう響き、どう抜けるか」で決まる。
そしてその空気の設計こそが、僕たちキノスミカの仕事です。
狭小住宅という言葉の先にある、“暮らしの手触り”
僕たちは“狭小住宅”という言葉を、ただのジャンルとして扱っていません。
それはむしろ、空気と暮らしの質が問われる、設計者にとって一番面白い領域だと思っています。
- 風が通らないなら、通り道をつくる
- 光が入らないなら、反射と透過で導く
- 床が冷えるなら、空気の層ごと設計する
- 気配が途切れるなら、視線・音・素材でつなげる
すべては、“空気の器”として家を再構成していく作業です。
深呼吸したくなる家に、広さは関係ない
僕たちが目指しているのは、「見た目の豪華さ」や「間取りの正解」じゃない。
目には見えないけれど、そこに入った瞬間、
「なんか気持ちいい」って感じられる家。
その感覚の正体は、空気の流れ方であり、素材の香りであり、湿度と音のバランス。
つまり、設計された空気の質感にあるんです。
だから、たとえ狭くても、暗くても、細長くても——
深呼吸したくなる家は、ちゃんとつくれる。
京都というまちの中で、“整える”という提案
京都の住宅事情は、法規制や敷地の形状、再建築不可や密集地など、
制約のオンパレードです。
でもだからこそ、設計には意味がある。
整えることで、暮らしが変わる。
変えられない土地でも、空気と暮らしの“質”は変えられる。
僕たちは、そんな提案を続けていきたいと思っています。
最後に|「この家、深呼吸したくなるね」と言われることが、設計者としてのいちばんの誇りです。
家の中で、ふと息を吸ったときに——
その空気が軽くて、静かで、心地よかったら、
それはもう、良い設計だと僕は思う。
空気を設計する。
気配をデザインする。
素材に語らせる。
光を導く。
そのすべてを通して、僕たちは
“広くないけど、深呼吸したくなる家”を設計しています。
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変えられない家でも整えられる。“壊さない設計”ができること。
▶ 広くないけど、深呼吸できる家。見てみませんか?
風が通らない。湿気がこもる。気配が切れる。
そんな悩みのある京都の家でも、空気を整えることで“なんだか気持ちいい家”はつくれます。