第1章|断熱すれば快適になる、は本当か?
よくある誤解:「断熱さえすれば快適になる」
「この家、寒いんです。断熱さえしっかりすれば、快適になりますよね?」
そう聞かれることは少なくありません。確かに、断熱は快適な家づくりにおいて大事な要素です。
でも僕は、その質問に対して「たぶん、半分正解です」と答えるようにしています。
なぜなら、断熱性能が高くても、住まい手が“寒い”と感じる家があるからです。
逆に言えば、断熱が完璧じゃなくても、「なんだか快適」と感じる家もあります。
この違いを生むのが、“空気の設計”です。
断熱=熱のブロック、快適=空気と感覚の設計
断熱は、「熱が逃げないようにする工夫」です。
でも快適性というのは、単に熱を閉じ込めることではなく、
身体がどう感じるか、空気がどう動くか、湿度がどう変化するかといった、複合的な要素によって決まるものです。
だから、断熱だけでは本当の意味での“快適さ”には届かないのです。
断熱しても「寒い家」はなぜ生まれるのか
実際に、しっかり断熱リフォームされた中古住宅でも、
- 朝起きると結露している
- リビングだけ暖かくて廊下が極寒
- 空気がこもって息苦しい
そんな声はよく聞かれます。
これは、断熱材の性能が足りないのではなく、
空気の動線や湿度管理、素材との組み合わせが設計されていないことが原因です。
快適さは“空気の質”がつくるもの
僕は、性能と素材が同時に働く家をつくるには、「断熱」だけでなく「空気」も一緒に設計することが大事だと考えています。
次章では、なぜ“暖かくない断熱住宅”が生まれてしまうのか、その理由を具体的に掘り下げていきます。
第2章|“暖かくない断熱住宅”が生まれる理由
断熱材のスペックが高くても「体感温度」は別問題
断熱等級が上がった、UA値が基準を満たした——
そう聞くと、つい「この家は暖かい」と思いたくなるかもしれません。
でも実際には、数値通りの性能が出ているにもかかわらず、
住まい手が「なんだか寒い」「思ったより快適じゃない」と感じてしまう家が存在します。
この原因の多くは、**空気の動線、素材の温度感、気密の精度、そして設計段階での“暮らし方の想像不足”**にあります。
つまり、断熱材だけが良くても、それを支える周辺環境が整っていなければ、
その断熱材は“実力を発揮できない”ということです。
熱は「逃げる」より「偏る」が問題になる
熱が逃げる家よりも、僕がよく見るのは**「暖かさが偏っている家」**です。
- リビングは快適なのに、洗面脱衣室が寒い
- 足元が冷えるのに、天井ばかり暖かい
- 寝室は湿度がこもり、逆に寝苦しい
こういった家は、断熱そのものより、空気の流れ方や熱の分布を考えていないことが原因です。
つまり、断熱材の“スペック”ではなく、“配置と考え方”に課題がある。
どこに断熱するか
どこに気密を確保するか
どこから熱が入って、どこへ逃げるのか
こうした“熱と空気の流れ”を設計に組み込めているかどうかが、
快適性を左右するポイントです。
暖かくない理由=「断熱」ではなく「断熱の設計不足」
「断熱してるのに寒い」というのは、実は断熱材の性能不足ではなく、
断熱の“使い方”を間違えていることが多い。
- 気流止めが不十分
- 結露対策が甘く、内部湿気で性能が落ちている
- 居室だけ気密が高く、廊下や天井裏が寒さを引き込んでいる
断熱材は、“施工と設計”のバランスで初めて実力を発揮します。
ただ選んで入れればいいわけじゃない。
だからこそ、断熱を空気の流れと一緒に設計する視点が必要なんです。
次章では、その空気の流れと断熱の交点について、
具体的に「見るべき場所」「整える順番」という視点から深掘りしていきます。
第3章|熱の出入りより“空気の流れ”を見るべき場所
断熱=熱の出入り。けれど快適さは“空気”がつくる
断熱を考えるとき、どうしても「熱を逃さない・入れない」ことにばかり意識が向きます。
でも実際の暮らしの中で快適かどうかを決めるのは、“空気の動き”のほうなんです。
たとえば、いくら断熱材を入れても、家の中で空気がよどんでいれば、体感温度は下がる。
空気が湿って動かなければ、結露も起きやすくなる。
つまり、快適な空気環境は、断熱材だけでは成立しないということ。
だからこそ、僕が物件調査のときに最も注目しているのは、「空気がどう流れているか」です。
空気が滞る場所にはストレスがたまる
空気の流れが悪い家には、ある種の共通点があります。
- 北側の部屋がジメジメしている
- 廊下や階段で温度差が激しい
- 押入れの中がカビ臭い
- トイレや洗面の換気が効いていない
こういった場所は、「断熱が弱い」というよりも、
空気が動けない構造や設計になっていることが原因です。
この“空気の溜まり場”が増えれば増えるほど、快適性は下がり、素材の劣化も進みます。
せっかく自然素材を使っても、空気がよどむ場所では本来の力を発揮できません。
空気の「流れ」を設計に取り入れるには
僕が意識しているのは、以下の3点です。
- 対角線上に開口部を確保する
- 熱源(ストーブ・日射・人)がどう影響するかを把握する
- 空気が抜ける出口を1ヶ所は必ずつくる
これは新築でもリノベでも変わりません。
特に中古住宅のリノベでは、「今ある構造の中でどう風を通せるか?」が勝負になります。
加えて重要なのが、計画換気と気密施工のバランスです。
窓を開ければ換気できる——それは理想ですが、現実には冬や花粉の季節は閉め切る時間が長い。
だからこそ、**第3種換気や24時間換気を活かすには、気密がある程度確保されていないと“空気が流れない”**ということを理解しておく必要があります。
気密の役割は、断熱性能を支えるだけでなく、空気の流れを制御するための土台でもあるんです。
ここに気を配るだけで、同じ断熱仕様でも体感の質はまるで変わる。
空気の通り道は、設計で“つくる”もの。自然まかせでは、整いません。
次章では、断熱・気密・素材の“重なり方”が快適性をどう左右するか。
それぞれをバラバラにせず、重ねて考える方法について深掘りしていきます。
第4章|気密と断熱、素材の“重なり方”が快適性を左右する
性能と素材は「別モノ」ではない
断熱性能と自然素材。
この2つを“どちらを優先するか”で悩む方は少なくありません。
でも僕の答えははっきりしていて、性能と素材は競合しない。むしろ共存して初めて意味を持つ。
断熱だけを追求した空間は、無機質になりやすく、どこか体が落ち着かない。
素材だけを追求しても、空気環境が整っていなければ、せっかくの素材が本領を発揮できない。
つまり、断熱・気密・素材が“どう重なるか”が快適性の本質なんです。
重ねる順番と、重ね方の相性がある
たとえば、内装材として漆喰を塗るとします。
でもその下地に断熱性能がなければ、冬には壁面から冷気を感じる。
漆喰が持つ調湿性能も、背面が結露してしまえば意味を失います。
同じく、無垢材の床を敷いたとしても、床下の断熱が甘ければ“冷たい木の板”になってしまう。
自然素材は生き物です。その力を活かすには、素材の下にある“空気の器”が整っていなければならない。
だから僕は、素材を使う場所にこそ、断熱や気密を優先的に重ねるべきだと考えています。
見える部分と、見えない部分をどう重ねるか
設計でよく出るキーワードに「意匠と性能の両立」があります。
でも僕は、“デザイン”と“機能”を同時に整えるより、“素材が活きるための性能”という設計思考が重要だと思っています。
素材を見せたいなら、そこが冷えないように断熱と気密を丁寧に入れる。
床を無垢材にするなら、下地の湿気を絶対に防ぐ。
壁に和紙や漆喰を使うなら、壁内結露が起きないように通気層や気密シートで守る。
そうやって、素材と空気を“重ねて使う”視点が、快適性と長寿命を両立する鍵になります。
次章では、こうした設計の考え方を受けて、住まい手として“快適な空気を維持する方法”についてご紹介していきます。
設計と素材が整ったあと、どう暮らせばそれを長く保てるか?という視点で続けていきます。
第5章|住まい手ができる“快適な空気の保ち方”
設計だけでは“快適”は完成しない
家の快適性って、設計者が完璧に作り込んでも、実はそれだけでは成立しません。
完成時には整っていた空気環境も、暮らし方によって変わってしまうからです。
たとえば、風の通りを考えて設計した家でも、
日常的に窓がほとんど開けられなければ、空気はこもる。
湿度を調整する素材を使っても、加湿器を強く焚き続けていれば効果は弱まる。
つまり、快適さを「使いこなす」のは住まい手の役割でもあるということです。
窓を開けることも、“設計の一部”
特に自然素材の家では、窓の開け閉めが家の呼吸そのものになります。
空気がよどむと素材の力も鈍る。
だから僕は、できれば毎朝5分でもいいので、“対角で風を抜く”習慣を持ってほしいと思っています。
それだけで湿気は逃げやすくなるし、体感温度も和らぐ。
室内のにおいもこもりにくくなる。
これは換気設備では補いきれない、“暮らしの操作”でしかつくれない快適さです。
加湿・除湿は素材と相談しながら
冬の乾燥や夏の湿気で加湿器・除湿機を使うのは当たり前になっていますが、
自然素材の家では、それを素材の性質と合わせて調整する視点が大切です。
漆喰や和紙、無垢材は空気中の水分と関わりながら呼吸しています。
そこに強制的な湿度管理を加えると、素材の働きとバッティングしてしまうことがあります。
たとえば、過剰な加湿で漆喰の壁にカビが出たり、無垢床が浮いてきたりすることもある。
だから僕は、「湿度計を見ながら、素材の呼吸と会話する感覚」を持つことをおすすめしています。
“調整する暮らし”が空気を育てていく
性能も素材も整えた家で、さらに快適さを育てていくには、
日々のちょっとした意識がすごく効いてきます。
- 朝の一呼吸分だけ窓を開ける
- 湿度と室温をときどき目で確認する
- 香りや音を整える工夫をしてみる
こういう細やかな気づきが、素材の持ち味を長く引き出してくれる。
僕たち設計者は“整えられるところ”までしか介入できない。
でもその先は、住まい手がどう暮らすかで、空気の質はどこまでも良くなるんです。
次章では、この連載のまとめとして、
「空気から整える断熱リノベのすすめ」という視点で、自然素材と性能の両立について振り返っていきます。
まとめ|空気から整える断熱リノベのすすめ
断熱は“数字”じゃなく、“感覚”で評価されるもの
UA値やC値、断熱等級といった数値は確かに大切です。
でも、家に住んだときに人が感じる「寒くない」「気持ちいい」「息がしやすい」という感覚は、
そうしたスペックだけでは説明しきれません。
体感としての快適さを生むには、断熱・気密・素材・空気の流れが連携している必要があります。
そしてそれらは、設計と施工、暮らしのすべてにまたがる“設計力”の結果だと思っています。
「空気の設計」があるかどうかで、家の印象はまるで違う
素材を使った家をいくつも見てきた僕が感じるのは、
“素材の良し悪し”よりも、“空気の整え方”で住まいの印象は大きく変わるということ。
いくら高価な無垢材を使っていても、空気がこもれば居心地は下がる。
逆に、断熱や気密が適切で、空気が循環していれば、素朴な素材でも深い安らぎを感じることがある。
つまり、空気が整って初めて、素材が生きる。断熱が活きる。暮らしが豊かになる。
“断熱だけ”では足りない理由が、ようやく見えてくる
断熱は家の性能を支える柱だけど、その柱に“空気という梁”がかかっていなければ、快適性は成立しない。
その上でようやく素材という“屋根”が載って、はじめて気持ちのいい空間が成立する。
僕が思う自然素材リノベの理想は、この構造がきちんと重なっている状態です。
断熱も、気密も、素材も、それぞれが“単体”で語られることが多いけれど、
本当に暮らしを整えるには、それらを重ねて設計する視点が欠かせません。
最後に
空気の質は、目には見えません。
でも確実に、暮らす人の身体と心に影響します。
だからこそ、断熱リノベを考えるときは、
“数字”だけでなく“感覚”の導線を設計の中に組み込んでほしい。
そうすれば、どんなに古い家でも、
どこまでも穏やかで、深呼吸したくなる住まいに生まれ変わります。
自然素材と断熱性能。その間にある“空気”という設計要素こそ、
これからの中古リノベの主役なんだと、僕は思っています。
▶ 空気の設計、できていますか?
断熱材を入れただけでは、快適な住まいにはなりません。
素材・気密・空気——その重なり方こそが、住まいの質を決めます。
僕たちが大切にしているのは、「空気から整える設計」。
性能だけでも、素材だけでもない、“感覚に響く家づくり”をご提案しています。