第1章|町家や古民家って、本当に危ないの?
「京都の町家って、地震に弱いんでしょ?」
「古民家って、耐震補強できるの?」
よく聞かれます。たしかに、古い木造住宅は耐震的に見て不安がある構造も多いです。
でも僕は、“古い=危険”と一括りにしてしまうのは、もったいないと思っています。
なぜなら──
構造を読み解き、丁寧に補強すれば、むしろ“しなやかに揺れる家”になる可能性があるから。
地震に弱い家の特徴は、町家に限らない
まず最初に知っておいてほしいのは、
「古いから倒れる」わけではないということ。
実際に地震で倒壊しやすいのは、以下のような住宅です:
- 筋交いが少ない、または配置が偏っている
- 壁量が不足している
- 接合部が弱く、揺れを吸収できない
- 基礎が布基礎や無筋コンクリートで割れやすい
つまり、構造のバランスと接合の強さこそが、耐震性の本質。
京都の町家も、そこを読み解けば補強が可能なストックなんです。
僕たちがよく見る町家の“弱点と可能性”
町家の耐震診断をしていると、
「ここがダメだな」と感じる箇所はだいたい共通しています。
よくある弱点:
- 開口部が多く、耐力壁が少ない
- 土壁が多く、剛性はあるが脆い(崩れると戻らない)
- 通し柱や梁の接合が弱く、揺れが集中しやすい
- 布基礎で、アンカーや鉄筋が入っていない
でも逆に、町家にはこんなポテンシャルもある:
- 通し柱や差し鴨居で粘り強く揺れを受け止める構造
- 壁を少し増やすだけでバランスが整いやすい間取り
- 素材が無垢で、長寿命な再生向きの部材が多い
つまり、「弱い」ではなく「整えきれていない」だけなんです。
補強=壊す、ではない。整えて“活かす”という発想へ
僕たちが目指しているのは、
“古民家の魅力を壊さず、命を守る強さを与えること”。
そのためにやるのは、解体ではなく、構造の読解と再構成。
- 足りない壁を、意匠を壊さず加える
- 接合部を、金物と木組みで補強する
- 土壁を壊さず、内部から構造パネルで補完する
- 基礎に、あと打ちアンカーで耐力を加える
京都には、“壊さず再生する”文化があります。
その延長線上にあるのが、町家の耐震リノベなんです。
第2章|耐震補強ってどこまで必要?コストと安心のバランス
「耐震補強って全部やらないと意味ないんですか?」
「予算に限りがある中で、どこまでやるべき?」
町家や古民家のリノベ相談を受けると、
必ず出てくるのがこの“どこまで補強すべきか”問題です。
僕の答えは明快です。
**「命を守ることを第一に、そのうえで優先順位をつける」**という考え方です。
「全部やる」が正解ではない。耐震補強にも“戦略”がいる
耐震補強と聞くと、「とにかく強くすれば安心」という印象がありますが、
実際には──
- 全体を強化しすぎて“揺れの逃げ道”がなくなる
- 一部だけ補強して“他の箇所に負荷が集中”する
- 補強のために“建物の魅力を壊してしまう”
というような“やりすぎによる失敗”もあります。
僕たちが大事にしているのは:
- 建物全体のバランスを読む
- 必要最小限の補強で**「命が守れる強さ」**を確保
- それ以外は「将来の段階補強」を想定して設計
つまり、100点を目指すのではなく、“85点を確実に出す”設計をすることなんです。
コストと安心の“両立”は可能です
耐震補強にはコストがかかります。
でも、だからといって**「何もしない」という選択は危険**です。
- 100万円で1階の壁量を補うだけでも、倒壊率は大きく下がる
- 屋根を軽くするだけで、重心バランスが安定する
- 一部に構造パネルを入れるだけで、揺れ方が変わる
耐震補強は「やるか・やらないか」ではなく、
“何を優先して、どこから手をつけるか”の戦略で決まる。
安心は“数字”ではなく“家族の感覚”で決まる
耐震診断では、上部構造評点(倒壊の可能性を数値化)が使われます。
- 1.0以上 → 倒壊しないとされる
- 0.7〜1.0 → 一部損傷が想定される
- 0.7未満 → 倒壊の恐れが高い
でも、最終的に大切なのは「家族がその家でどう感じるか」。
- 子ども部屋の真上に重い屋根がある
- 寝室の横に補強されていない壁がある
- 夜間の避難経路が確保されていない
それらを一つずつ丁寧に拾って、
“感覚的に安心できる家”を設計することこそが、本当の耐震リノベだと僕は考えています。
第3章|僕たちが実践している“壊さず強くする”耐震補強の方法
「耐震補強=壊す・やり替えるもの」と思われがちですが、
実際の現場ではむしろ、“壊さず整える”方が効果的なことが多いんです。
なぜなら、京都の町家や古民家は、
**ただの古い建物ではなく、文化的価値や空気感を持った“空間資産”**だから。
それを壊さず、強さを加える。
それが、僕たちが大切にしている耐震補強のアプローチです。
“見せる構造”を活かす、最小限の補強戦略
たとえば、伝統的な梁や柱、差し鴨居を壊して構造壁にするなんて、もったいない。
だから僕たちは、こう考えます:
- 構造的な弱点をピンポイントで補強する
- 接合部の“抜け”や“緩み”を金物で確実に補う
- 土壁をそのまま残しつつ、裏側から構造パネルを設置
- 板壁の内側に構造用合板を仕込む二重壁設計
これにより、意匠を壊さずに“強さ”だけを後づけすることが可能になります。
「見えない部分」をどう処理するかが、耐震の質を決める
耐震性は、見える壁ではなく床下・壁の中・小屋裏で決まることが多い。
だからこそ、そこに**「読み解き」と「手の入れ方」の技術**が必要なんです。
僕たちが現場でやっているのは:
- 小屋裏に登って、梁の接合と剛性を確認・補強
- 床下に潜って、束柱のぐらつきや基礎の割れをチェック
- 壁内の空洞を探知して、補強材が効く位置を探る
これらは全部、**“見えないところに耐震の核心がある”**という現場経験から来た判断です。
リノベーションでは「構造を後から描き直す力」が問われる
新築なら、図面上で構造バランスを整えることができます。
でもリノベでは、今あるものに“どう追加するか”がすべて。
- 無理なく、構造を補う
- 意匠を壊さず、強さを加える
- 将来の補修性も残す
僕たちは、それを**「構造の再編集」と呼んでいます。**
それができるかどうかで、リノベの価値はまったく違ってくるんです。
第4章|町家と景観、そして構造|三つ巴をまとめる設計術
京都で町家や古民家をリノベーションしようとすると、
必ずぶつかるのがこの三重苦──
- 構造(耐震):安心して住むために補強が必要
- 景観規制:外観を変えると届け出や指導が必要
- 町家の美意識:空間の抜けや素材感を壊したくない
この三つをどうまとめるか。
設計士の“感性と論理”が試される局面です。
構造を整えるだけでは「町家の空気」が失われる
町家の魅力ってなんでしょう?
- 奥へと続く“通り庭”の奥行き感
- 光と風が抜ける“中庭のリズム”
- 柱や梁の“痩せた木肌”が語る時間
耐震補強でこれらを無視すると、
たとえ安全でも「ただの古い建物」になってしまう。
僕たちは、「壊さずに守る」ことを設計の出発点にします。
景観規制は「縛り」じゃない。「整えるためのルール」
京都市の景観規制は厳しい。
屋根の形、外壁の色、窓の大きさや格子のデザインまで制限があります。
でも僕は、それを**「京都の家らしさを整えるルール」**と考えています。
- ガルバでなく“焼杉”を選ぶ
- 樹脂サッシでなく“木製内窓”を組み込む
- 南面に“格子”を通して、現代設備を隠す
こうした工夫を重ねることで、景観と安全性の両立は十分に可能なんです。
三つ巴の交差点で生まれる「呼吸する町家」
町家リノベの醍醐味は、景観・構造・美意識が矛盾しながらも、どこかで手を結ぶことにあります。
- 金物を隠すように梁を巻く
- 耐力壁を、意匠格子で包む
- エアコンや蓄電池を“中庭”に配置し、外観を壊さない
- 中庭に風を通し、気流で“熱と湿気”を逃がす
このように、見た目・強さ・空気感を同時に整えることが、
京都でしかできない“町家の再設計”だと僕は思っています。
第5章|住み継ぐために強くする|京都の家の“これから”に備える
僕が町家の耐震補強をすすめる理由は、
単に「安全だから」じゃありません。
この土地で、これからも家族が暮らし続けるために、必要な“準備”だからです。
地震はいつ来るか分からない。でも“来る”ことは確実
南海トラフ地震、活断層型地震、内陸直下型地震…。
京都は決して“安全地帯”ではありません。
でも、災害はどんな家にも起こる。
そこで問われるのは、「その家が、どこまで耐えられるか」。
重要なのは:
- 構造的に倒れないか?
- 逃げる時間が確保できるか?
- 家族が安心して暮らし続けられるか?
僕たちが提供したいのは、「絶対に壊れない家」ではなく、
**「命を守り、暮らしを継続できる家」**なんです。
耐震リノベは「資産の価値」を守る行為でもある
町家や古民家を耐震化するということは、
“住みたい人にとっての価値”を高めるということ。
- 家族に引き継げる
- 賃貸やゲストハウスとして活用できる
- 地域の資源として長く残せる
逆に、耐震性が担保されていない家は、
いくら意匠や素材が素晴らしくても「選ばれにくい不安物件」になってしまう。
つまり、**補強とは未来の選択肢を増やすための“投資”**でもあるんです。
強くすることは、「受け継ぐ」という行為そのもの
町家に限らず、家というのは手入れが必要です。
でもその中でも、**構造を整えるという行為は、“未来への意思表示”**に他なりません。
- 自分たちがここに住みたいという気持ち
- 子どもや次の世代に渡したいという希望
- この町にこの家を残したいという祈り
そういった思いを、「補強」という形にして残すことができる。
それが、耐震リノベーションの本当の価値なんだと、僕は信じています。
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大切な構造や意匠を残しながら、安全に住み継ぐための設計が、京都には必要です。
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