第1章|“静けさ”は空気から生まれる|感覚としての安心設計
「音がうるさい」ではなく「空気がざわついている」
「この家、なんだか落ち着かない」
そんな声を聞くとき、必ずしも音量や騒音の問題とは限りません。
僕たち設計者が注目すべきは、空間に“静けさがあるかどうか”。
- 足音が響く
- 声が残響する
- 家具の角で音が跳ね返る
- 空気が乾燥して、音が刺さるように感じる
こうした状態は、素材・間取り・空気の流れの設計によって変えられる。
つまり、「静けさ」はインテリアの話ではなく、空気の質と設計の話なんです。
僕が感じた「静かな家」の共通点
音が小さい家ではなく、音が空気に馴染んで消えていく家。
その共通点は、以下のような空気の設計にありました。
- 無垢材の床が足音を柔らかく受け止める
- 天井や壁が反響を抑えて音の“余白”をつくる
- 空間に段差や間仕切りがあり、音が拡散する構造
- 湿度が安定していて、音が乾かず、空気が尖らない
だからこそ僕は、「静けさ」は数値化できないけれど、設計でつくれるものだと確信しています。
次章では、素材と音の関係性を軸に、
静けさを支える「素材の選び方と組み合わせ方」について掘り下げていきます。
第2章|素材が音を整える|静けさをつくる床・壁・天井の選び方
素材によって“空気の響き”は変わる
室内の音環境は、吸音材だけで決まるものではありません。
僕が現場で実感するのは、素材の密度・硬さ・表面仕上げが空気の響きに大きく影響するということ。
たとえば、同じ広さ・同じ形の部屋でも:
- 床が無垢材の空間は足音が「トン」ではなく「トッ」になる
- 壁が漆喰だと声の残響が少なく、会話がやさしく聞こえる
- 天井に和紙を使うと高音が拡散され、空気に厚みが出る
つまり、「静けさ」は素材が空気とどれだけなじむかで決まるんです。
僕が選ぶ“音と相性の良い素材”
1. 床材:杉の無垢材(浮造り仕上げ)
- 軽さと柔らかさで足音を吸収
- 表面にわずかな凹凸があり、音が拡散されやすい
- 冷たくない触感が、空気の“硬さ”を和らげる
2. 壁材:漆喰 or 湿式左官系素材
- 適度な吸音性と、音の丸みをつくる反響制御
- においの吸着・湿気の調整と合わせて、空気の質も整える
- 表面がフラット過ぎないことで、音が跳ね返らず拡がる
3. 天井材:和紙貼り天井/木毛セメント板
- 高音域の反射を防ぎ、耳に刺さらない空間をつくる
- 木の素材感が視覚的にも空間にやわらかさを与える
- リノベでも既存天井の上に施工しやすい
音を吸うのではなく、音が“消えていく”空間をつくる
吸音パネルを貼るだけでは、本質的な静けさは得られません。
僕が目指すのは、「音が自然に馴染んで消えていく空間」。
それは、素材そのものが音を吸ったり跳ね返したりせず、
空気の中に溶けていくような空間です。
そのためには、「この素材は音とどう向き合うか?」という視点で選び、
配置・厚み・高さを含めて、空間全体で調整していきます。
次章では、音と空気の“通り道”をどう設計するかという視点から、
静けさを支える空間構成について掘り下げていきます。
第3章|音の抜け道を設計する|静けさは空間の構成で決まる
「音の設計」は空間の“余白”づくりでもある
静けさは、吸音材や防音仕様だけでつくれるものではありません。
僕が感じるのは、空間に“音が抜けるルート”があることが、結果的に“やわらかい静けさ”につながるということ。
- 音が反響してこない
- 音が遠くへ流れていく
- 音が吸い込まれるように消えていく
これは空間の形状、開口部の位置、天井の高さ、仕上げのバランスによって生まれるものです。
僕が設計で重視している「音の抜け」の工夫
1. 高低差をつくる(音の重力利用)
- 音は高いところに上がりやすい。吹き抜け・勾配天井を活かすことで音が滞留せず、逃がせる
- 高窓やロフト空間で、音と熱が一緒に抜けていく仕掛けをつくる
2. 空間を「ゆるやかに仕切る」
- 開放しすぎると音が回り込みやすく、返ってくる音が増える
- 引き戸+欄間(らんま)+可動建具などで、音をゆるく制御する
- 空気と音の“グラデーション”を意識した間仕切り構成が理想
3. 音が“こもりやすい場所”を避ける
- 低い天井+硬質な床+ツルツルした壁=音が跳ね返りやすく、空気が硬く感じる
- トイレ、書斎、ウォークインクローゼットなど狭い空間でも素材と形状を柔らかく整える
音が抜ける家は「緊張感のない家」になる
家の中で、無意識のうちに緊張してしまう空間には、
ほぼ間違いなく「音が跳ね返ってくる構造」があります。
僕はそれを“空気のざわつき”と呼んでいます。
このざわつきを抑えるために、空気が流れ、音が逃げていくルートを丁寧に設計する。
空間に余白があると、音にも余白ができる。
そしてその空気感が、「なんかホッとする家」の正体だと思っています。
次章では、住まい手が“静けさ”を維持するためにできる工夫をテーマに、
暮らしの中の空気設計・素材メンテナンス・暮らし方のバランスについて掘り下げます。
第4章|静けさは暮らしで育つ|住まい手ができる空気と素材の整え方
設計された“静けさ”も、使い方次第で崩れる
どんなに丁寧に音や空気を設計しても、暮らし方が合っていなければ、静けさは保てない。
僕が現場で感じるのは、「暮らしのリズムが空気と合っているか」が、空間の印象に大きく影響するということ。
- 過剰な加湿で素材が膨張し、音が反響しやすくなる
- フィルターや換気口の汚れで空気がよどみ、声がこもる
- 家具の配置で風と音の通り道が遮られている
つまり、静けさは“構造”ではなく“環境”として整え続けるものなんです。
僕がすすめている“暮らしの調律方法”
1. 音の滞留ポイントを定期的に見直す
- 模様替えや収納の追加で音がこもる場所が生まれていないか確認
- 大きな家具の裏やコーナーに空気が滞っていないかをチェック
- 特に床置きの収納家具は音の反響を助長しやすい
2. 換気ルートの清掃とメンテナンス
- 換気口・レンジフード・エアコンのフィルターを月1回のペースで清掃
- 特に機械換気の給気口が目詰まりしていると、空気が乱れ、音もよどむ
3. 湿度の管理=素材の音響性能の維持
- 湿度が高すぎると、無垢材が膨張し音が重たく響く
- 乾燥しすぎると音が跳ね返りやすく、空間がざわつく
- 湿度計を設置し、45〜60%を保つのが理想
静けさを“暮らしで仕上げていく”という感覚
設計や素材選びで生まれる空気の質は、
住まい手が日々の中でどう使うかによってさらに深まっていく。
音が反響しない。
空気がやわらかく抜ける。
生活音が背景に溶けていく。
こうした空間は、住まい手が空気の流れと素材の声に耳を傾けている証拠だと思います。
次章(第5章)では、この記事のまとめとして、
**「空気の静けさがもたらす安心と、その設計意義」**を言葉にしていきます。
まとめ|空気の静けさがもたらす安心と設計の役割
「静けさ」は人の感情に触れる空気の質
数値化された性能や断熱性だけでは、人の感情までは届かない。
でも、空気の静けさには、人を安心させる力があると僕は思っています。
それは、
- 音が反響しない
- 空気がとがらない
- 会話がスッと届く
- 呼吸が深くなる
そんな体験の積み重ね。
静けさとは「情報が少ないこと」ではなく、情報が“整っている”こと。
つまりそれは、空間全体で奏でられる“環境音”の設計なんです。
空気の静けさは、建築ができる「心の設計」
心を落ち着かせたいとき、僕たちは自然の中へ行きたくなる。
それは、木々や水音のように、やわらかく、規則的に整った音環境が安心をくれるから。
僕が設計で目指しているのも、それと同じことです。
- 無垢の床が音を包み
- 漆喰の壁が声を吸い
- 天井が空気の響きを柔らかく受け止める
その空気の中で暮らすことで、人は気づかぬうちに整い、深呼吸できるようになる。
「ただ静かな家」ではなく、「安心できる空気」を
僕がつくりたいのは、音がない無機質な空間じゃない。
人の声や生活音が“風景の一部”になるような、空気に包まれた暮らし。
それは、音と素材と暮らしを設計でつなぐことで生まれる。
そしてその結果、「この家、なんか落ち着くね」と言われることが、僕にとって最高の評価です。
▶ 静けさは設計でつくれる、空気の安心感
素材が空気と調和し、音が反響せずに馴染んでいく。
そんな空間には、人が無意識に安らげる「静けさ」が宿っています。
僕たちは、空気と音を整える設計からリノベを始めています。