第1章|カビは“空気の質”を壊す静かな侵入者
見えるカビより、見えない場所に潜む“壁内結露”の怖さ
多くの人が「カビ=掃除で取れるもの」と思っていますが、
僕たち設計者からすると、本当に怖いのは壁の中、天井裏、床下に潜むカビです。
現場ではこんな状況によく出会います:
- 石膏ボードの裏が真っ黒に変色している
- 小屋裏の合板がしっとり濡れている
- 床下の断熱材がカビ臭を放っている
これはただの見た目の問題じゃなくて、
**空気中にカビ胞子を常時放出し続けている“隠れた健康リスク”**なんです。
内部結露が起きる“3つの条件”とは?
カビの温床になる「内部結露」は、以下3つの要素が重なって発生します:
- 室内の湿った空気が壁体内に入り込む
→ 気密が切れていたり、コンセントボックス周りの処理が甘い場合によく起きます。 - 断熱層の外側が冷えている(露点温度を下回る)
→ 外気温と室内温度の差で、断熱層の中に冷たいゾーンができる - 排湿の経路がなく、湿気が滞留する
→ 通気層がなかったり、施工精度が悪くて空気が止まると、内部に水分が留まる
この結果、壁の中に「小さな湿潤環境」ができ、カビや腐朽菌が活動を始めます。
特にグラスウールは吸湿性があるので、結露水を抱え込んだままになりやすい。
「素材が腐る」前に、「空気が崩れている」サインに気づく
内部結露が進行すると、まず起きるのは空気のにおいの変化です。
壁を触っても湿ってないのに、なぜか「土のにおい」「カビ臭さ」がする。
それが、空気中に微細な胞子が混ざり始めたサインです。
次に起きるのが、以下のような現象:
- 壁紙が浮く・波打つ
- サッシ枠周辺が常に濡れている
- 寝起きにのどがイガイガする、咳が続く
- 布製品にカビ臭が移る
これはつまり、「素材が呼吸できていない=空気が崩れている」状態。
リノベーションで自然素材を使うなら、その土台となる空気が“腐っていない”かを診る必要があります。
次章では、内部結露を防ぐための「構造設計」と「通気層の確保」について、
現場視点で具体的に掘り下げていきます。
第2章|内部結露を防ぐ設計|通気・断熱・気密の重なりで湿気を逃す
“湿気は防ぐもの”ではなく“逃がすもの”
多くの人が、カビや結露を「湿気を防げばいい」と考えています。
でも僕たち設計側の感覚では、湿気は“絶対に入ってくる”ものです。
どれだけ気密や断熱を頑張っても、
- 生活から発生する水蒸気(呼吸、調理、入浴)
- 外気由来の湿気(給気・通風)
は完全に防ぎきれません。
だから大切なのは、「湿気が入っても大丈夫な構造にすること」。
つまり、入ってきた湿気を“通して”“逃がす”設計が必要なんです。
僕が徹底する“3層の守り”
内部結露を防ぐために、僕がリノベでも必ず設計に組み込むのは次の3層構造です:
1. 室内側:連続気密+防湿ライン
- 可変透湿気密シート or ポリエチレンフィルムを、断熱材の室内側に連続して張る
- 貫通部(配線・配管)を気密テープで丁寧に処理
- 特に天井と壁の取り合い部は、空気漏れが多いので要注意
2. 断熱層:厚さと密着精度
- グラスウールの場合は、柱間にピッタリ密着させる
- 隙間・たるみ・浮き上がりは「結露ゾーン」になりやすい
- リノベでも現場発泡ウレタンとのハイブリッド使いで精度を補うケースもある
3. 外壁側:透湿防水シート+通気層
- 水は通さず、湿気だけを逃がす**透湿防水シート(例:タイベック)**を外壁側に張る
- その外に胴縁で15mm程度の通気層を確保して、壁内の湿気を抜く
- 換気口と通気層の排出口(軒裏)までのルートがふさがれていないか現場で要確認
通気層がないと、壁の中は「袋のまま」
僕が既存住宅で最も緊張するのが、「外壁直貼りサイディング」の仕様。
これは通気層がなく、壁内に湿気が溜まったとき、逃げ道がゼロになります。
雨水の侵入+結露+夏の高温多湿が重なると、
- 構造材の腐朽
- 断熱材の脱落
- 空気中へのカビ拡散
といった“見えないダメージ”が蓄積していく。
だからこそ、リノベでも可能な限り通気層を後付けできる構造にする。
これが、素材を生かす以前の「住まいの保護膜」になります。
次章では、空気と湿気をコントロールする実際の事例・施工の選定とリスク判断について。
特に「ここを見落とすとカビる」ポイントに絞って解説します。
第3章|カビる現場には共通点がある|素材を守る設計判断と施工精度
カビが出る現場は、必ず“決まったパターン”を持っている
カビが発生した住宅の現場を何度も見てきて、僕が強く感じていることがあります。
それは、「カビる家には、共通する“設計と施工のミス”がある」ということ。
それは偶然でも経年劣化でもなく、はじめから起こるべくして起きているんです。
僕が現場でよく遭遇する「カビの原因ゾーン」
1. 天井裏の断熱材が“むき出し”になっている
- 気密シートが天井の上部で止まっている
- グラスウールがホコリまみれで機能していない
- 排気ダクトの周囲が断熱されておらず、冷却されて水滴が発生
→ 結果:湿気がこもって断熱材の内部で結露が起こり、カビの温床に
2. ユニットバス背面・洗面所・トイレの壁裏
- 高湿度・閉鎖空間で空気が動かない
- 配管まわりの気密処理が甘く、湿気が壁体内に侵入
- 防水シートの施工ミスで、外壁側からの雨水が回り込む
→ 結果:壁紙は無事でも、石膏ボードと断熱材がズブズブにカビている
3. 北側の収納・階段下・押し入れ
- 通気がゼロで、湿気が日常的に溜まる
- 外壁面の断熱が甘く、外気と接触しやすい構造
- 内装材(合板・ビニールクロス)が湿気を吸わず、飽和しやすい
→ 結果:布団や衣類にカビが移り、生活レベルで健康被害が出る
4. 工事中に濡れた部材を乾かさずに壁を塞ぐ
- 雨天時に構造材や断熱材が濡れたまま養生が不十分なまま壁・天井が閉じられる
- 高気密住宅では一度閉じると、内部の湿気が抜けにくい
- 換気経路が完成していない状態で密閉され、乾燥が物理的に不可能になる
→ 結果:目に見えない構造体内部で結露が続き、数ヶ月後にはカビ・変色・腐朽が始まる
これは一時的な施工上のミスというよりも、「気密住宅であればあるほど、初期の含水を徹底的に避ける必要がある」という設計思想の問題です。
設計時に「カビリスク」を避ける判断基準
✔ 高湿度ゾーンには“排湿設計”を
- 洗面脱衣室・浴室まわりは排気量を強める換気計画を
- できれば壁内に排湿通気層+断熱区画を設ける
✔ 天井裏・床下は「湿気が抜ける構造か」を見る
- 小屋裏に外気と通じる排気ルート(換気口・軒裏換気)があるか
- 床下断熱の場合は、防湿シート+換気口+通風断熱ラインの3点セットを確認
✔ 気密シートと通気層が“連続しているか”を確認
- 断熱層の外側と、通気層の間に“袋構造”ができていないか
- 施工時のテープ処理・ジョイント部の折り返し精度を見る
カビは“設計ミスのサイン”でもある
僕はカビが出たとき、必ず「どこに気流のロスがあったか」「断熱の途切れがどこか」を見直します。
カビは、空気設計・湿気制御・断熱気密が崩れているサインなんです。
だから、カビが出た家を“掃除でなんとかしよう”という発想ではダメ。
カビの原因は、設計と施工のレイヤーにある。
ここを住まい手にもちゃんと伝えられるように、僕は説明します。
第4章|素材と湿気の相性を見極める|自然素材×空気の設計判断
「自然素材=湿気に強い」は思い込みかもしれない
無垢材、漆喰、和紙、珪藻土——
自然素材には確かに調湿性があります。でも、これは空気の流れとバランスが整っている場合に限られます。
例えば、漆喰の壁が湿気を吸収してくれるとしても、
その湿気が排出されない構造であれば、表面が吸い続けて飽和状態になり、カビの原因になることもあります。
つまり、素材は「湿気を調整する力」を持っていても、“湿気を逃がす力”は持っていない。
だから、素材に頼りすぎず、空気の循環と排湿を先に整えることが不可欠なんです。
素材選定は“場所”によって慎重に
僕がリノベ設計で気をつけているのは、どこに、どんな素材を使うかの選定です。
以下はその一例:
◎ OK:湿気と相性のよい場所
- 杉の無垢フローリング(1階リビングなど通気が確保される空間)
- 漆喰の壁面(高湿度にならず、空気の流れがある部屋)
- 和紙や珪藻土の内装仕上げ(個室・書斎など呼吸量が少ない場所)
△ 注意が必要な場所
- 脱衣所やトイレの床に無垢材を使う場合
→ 濡れやすく、通気が不足しやすいので、防湿対策と表面保護が必要 - 北側の窓なし個室に漆喰仕上げ
→ 結露しやすく、素材が吸湿し続けると劣化リスクが上がる - 構造体の内側に断熱材と無垢材を密着施工
→ 結露リスクが上がり、素材の腐朽を招く
素材を使う前に、「その素材は、そこにふさわしいか?」を設計段階で見極める。
僕はそれを**“素材の居場所を設計する”**と呼んでいます。
僕が現場で大切にしている“素材と空気の相性”
素材の選定は、見た目の好き嫌いで決めることも多い。
でもそれだけだと、素材が持ちこたえられない環境に置かれることがある。
僕が実際にやっているのは、
- 天井に調湿性の高い杉板を張る→小屋裏の換気を必ず取る
- 和紙の壁紙を使う→その面の裏側は必ず通気層か断熱ラインで守る
- 押し入れの中まで漆喰に仕上げる→換気扇を設ける or 吸排気口を設計する
素材の魅力を最大限に引き出すには、空気・湿気・設計の三位一体が必要。
そのバランスが崩れたとき、素材は逆に劣化しやすい“弱点”にもなってしまう。
次章では、この連載のまとめとして、
空気と湿気から考える自然素材リノベの設計論を振り返ります。
了解です、ゴウさん。
では【空気と健康|スポーク記事③】第5章(最終章)
**「まとめ|湿気と空気を制す者が、素材を活かす」**をお届けします。
第5章|まとめ|湿気と空気を制す者が、素材を活かす
自然素材は“貼るだけ”では働かない
無垢のフローリングに、漆喰の壁。
そんな家が持つ空気のやわらかさに惹かれて、僕も素材リノベを始めたひとりです。
でも設計を重ねる中で痛感したのは、
「素材は置かれた環境によって働き方がまるで違う」ということ。
湿気が溜まる空間、空気がよどむ間取り、外気の侵入を許す構造——
そんな環境では、どんな良質な自然素材でも本来の性能を発揮できないどころか、劣化を早めてしまう。
だから僕は、素材を使う前に必ず考えます。
「この空間、素材がちゃんと呼吸できるか?」
空気と湿気は、設計の“インフラ”である
断熱・気密・通気・換気。
これらを軽視すると、住まいの空気は整わず、素材が活きない。
見えない空気の流れと湿気のコントロールこそ、**設計の土台となる“インフラ”**だと僕は思っています。
- 湿気が抜けるルートがあるか
- 通気層が断熱と連続しているか
- 気密層に破綻がないか
- 換気が生活動線と重なっていないか
- 給気が不快な場所に配置されていないか
この“目に見えない部分”をどれだけ丁寧に設計できるか。
それが、素材の寿命も、空気の質も、住まい手の健康も左右する。
カビや結露は「施工不良」ではなく「設計ミス」だ
多くの人が「カビ=管理不足」「結露=古い家だから」と思っています。
でも僕ははっきり言います。カビや結露のほとんどは“設計ミス”です。
- 気流の設計がされていない
- 湿気の逃げ道がない
- 気密ラインが断裂している
- 断熱材が不連続、あるいは過信されている
こうしたことが1つでもあると、空気はよどみ、湿気は溜まり、カビが出る。
だから僕たちは、素材の魅力を語る前に、まずその土台となる空気と湿気を整える。
それが、本当に長持ちして心地よい家をつくる“あたりまえ”だと思っています。
▶ カビが出ない家には、理由があります
素材を貼る前に、空気の通り道と湿気の逃げ場が設計されているか。
それだけで、住まいの寿命も、健康も、心地よさも変わってきます。
僕たちは、「素材が働ける空気の器」を整える設計からリノベを始めています。