第1章|「この家、なんかにおう…」の正体|空気が悪くなる理由と素材の話
「この家、なんかにおう気がするんです」
設計相談のときに、そう話す人が意外と多い。
でも実際に現場へ行っても、強いにおいは感じられないことがほとんど。
それでも、住まい手の身体は確かに“何か”を感じ取っている。
その正体は、**素材・換気・湿度が絡み合った「空気の質の乱れ」**だと、僕は考えています。
においは「化学物質」だけじゃない。素材の呼吸が止まっている
住まいのにおいを気にする人は、「建材の化学臭」「生活臭」などをイメージしがち。
でも実は、空気の質を下げているのはもっと複雑な要因です。
たとえば、以下のような状況:
- 換気が機能せず、湿気がよどんでいる
- 壁の中で断熱材が湿気を含み、においを放っている
- 床材や壁紙が湿気を吸わず、空気の飽和状態が続いている
こうした空間は、“におい”としては感じづらくても、呼吸を浅くさせるような重さがある。
それが「この家、なんかにおう」と感じる根っこの部分なんです。
呼吸するだけで室内には湿気がこもる
湿気は調理や洗濯などだけでなく、人がいるだけでも発生します。
1人が1日に出す水蒸気量は、およそ2〜2.5リットル。寝ている間にも、人の呼気からは絶えず水蒸気が放出されています。
断熱・気密性の高い現代の住宅では、その湿気が抜けるルートがなければ、素材が吸収しきれず、空気がよどんでにおいとなって残る。
つまり、「空気のにおいの正体」は、生活と空間の間にある湿気の滞留なんです。
自然素材が“空気を整える”役割を果たすとき
僕が自然素材を推す理由は、空気を柔らかくするからです。
- 漆喰や和紙は空気中のにおい成分を吸着する
- 無垢材は湿度を調整し、空気の密度を変える
- 空気のにおいが変わる=素材が働いている証拠
とはいえ、それは素材をただ貼ればいいという話ではない。
換気計画と組み合わさってはじめて、素材の呼吸が空気に伝わるようになります。
空気の質を整えるには、素材×湿度×風の3点を設計する
僕がリノベーションで「空気の質」にこだわるとき、必ず確認するのはこの3点です:
- 素材が呼吸できる状態か(表面がコーティングされていない/空気に触れている)
- 湿気を吸っても、放湿するルートがあるか(通気・換気・空間設計)
- においが滞留しないような“風の抜け道”が設計されているか
このどれかが欠けていると、素材は「貼られているだけの飾り」になってしまう。
住まいの“におい”は、身体のセンサーが反応しているサイン
においは、感情にも記憶にも直結する感覚です。
だからこそ、住まいにおける「空気のにおい」は、日々のストレスや安心感に直結する。
- 帰宅したときにスッと深呼吸できるか
- 布団やソファが重たいにおいをまとっていないか
- 朝起きたときの空気が軽いかどうか
これらは全部、“素材が空気と連携できているか”にかかっています。
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第2章|換気は健康の要|給気・排気・気密のトライアングル
「換気扇がある=換気できている」とは限らない
設計相談で「24時間換気も入ってるし安心ですよね」と言われることがあります。
でも、僕たち設計者の視点では、それは**“システムがあるだけ”で、機能しているとは限らない**というのが本音です。
実際の現場では:
- 給気口が閉じっぱなし
- 排気ファンが強すぎて室内が負圧に
- 隙間風が入り込んで、換気ルートが乱れている
この状態では、「換気」ではなく**“空気のかき乱し”**になってしまっている。
換気が成立するための3条件
僕が“本当に換気が機能しているか”を見るときに確認するのは、次の3点です:
- 給気:外気を取り入れるルートが確保されているか
→ 自然給気 or 機械給気/フィルターの有無/冷気の侵入をどう防ぐか - 排気:湿気やCO2を確実に出せているか
→ 排気ファンの風量、間取りとの連動、排気先が滞留空間でないか - 気密:設計したルート通りに空気が流れる構造か
→ 隙間風が“意図外”の空気を引き込んでいないか/断熱との整合性
この「給気・排気・気密」のトライアングルが揃って初めて、空気は健やかに循環するようになります。
室温と空気のジレンマをどう越えるか
特に寒冷地では、給気口からの冷気が室温を下げることに悩む住まい手も多い。
この問題を解決する手段のひとつが、熱交換型の第一種換気です。
- 外気を取り込む際に、排気の熱を使って温めてから室内へ送風
- 室温への影響を最小限にしつつ、空気の質も維持できる
ただし、これには高い施工精度とフィルター管理の習慣が求められる。
だからこそ僕は、リノベーションでも**「暮らし方に合わせた換気設計」**を提案するようにしています。
キッチン換気は“空気の要所”になる
見落とされがちなのが、キッチンと換気の相互関係。
レンジフードが排気量の多い機器である以上、連動して給気できる構造にしないと負圧になる。
- 給気なしの強制排気 → 他の給気口や窓から冷気が逆流
- フードを回した瞬間に他の部屋の空気が淀む
この問題を避けるには、吸排気連動型のレンジフードや同時給排システムの導入が有効。
キッチンは「料理の場」であると同時に、**家全体の空気バランスの“要”**だと考えています。
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次は第3章
「湿気とカビは空気の敵|素材を腐らせない空気の通り道」
へ進みましょう。
第第3章|湿気とカビは空気の敵|素材を腐らせない空気の通り道
「正直、この家の中、カビてました」
リノベ前の調査で、そんな報告をするのは、僕にとっても苦い瞬間です。
でもね、それって誰かがずさんだったとかじゃなくて、空気の通り道が設計されていなかっただけなんです。
見えない場所に湿気がたまって、それが逃げ場を失って、じわじわと素材を傷めていく。
カビは“空気の設計ミス”で起きるものだと、僕は思っています。
湿気って、こもるんですよ。黙ってても。
押し入れの奥、ユニットバスの裏、北側の小さな収納。
どこも“空気が動かない場所”です。
そこに、毎日少しずつ、呼吸や調理や入浴で生まれた水蒸気が入り込んで、
素材がそれを吸って、もう限界まで抱え込んだ頃に、カビの胞子が動き始める。
このとき、空気の出口さえあれば、湿気は逃げていくんです。
でも出口がないから、カビは必ず“そこ”に生える。
僕が一番怖いのは、工事中の“見えない水分”
雨の日に濡れた構造材や断熱材、ありますよね。
それが乾かないうちに壁を閉じてしまう。
しかも気密住宅だから、密閉性が高すぎて湿気が抜けない。
僕は現場で、何度もこのパターンを見てきました。
「完成したばかりなのに、なぜかにおう」「天井裏が黒くなってる」——
そうなる前に、初期含水の段階で“設計として乾かす時間とルート”を用意する必要があります。
僕がいつもやっている、三層で湿気を逃がす設計
リノベでも、新築でも。
僕が必ず意識してるのは、この3つのレイヤーです。
- 室内側の防湿層と気密ラインを切らさずつなぐこと
- 断熱材をたるませず、浮かせず、びっちり詰めること
- 外側には透湿防水シートと15mm以上の通気層を連続で設けること
これができていれば、素材は“呼吸できる場所”に置かれる。
カビが出ないって、つまりは素材が息できてるってことなんです。
湿気が抜けると、空気が軽くなる
これは、住んでる人にしかわからない変化かもしれません。
でも空気がよどんでる家って、身体がそれを覚えてるんですよね。
逆に、空気が抜ける家は、なんかホッとする。
僕はそれを「空気が整ってる家」って呼んでます。
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第4章|風通しは設計できる|空気が抜ける家のつくり方
「窓、いっぱいあるんですけど、全然風が通らなくて…」
そんな相談、よくもらいます。
でもそれ、設計ミスでも施工不良でもなくて、“風の通り道を考えていなかった”だけなんです。
風ってね、入れただけじゃ動かない。
入って、抜けて、その途中で空気が育っていくような流れをつくることが大事なんです。
僕が風を設計する理由
風が抜ける家って、本当に違うんですよ。
- 朝、窓を開けるだけで空気が入れ替わる
- 湿気がたまらず、においがこもらない
- 夏場もエアコンなしで耐えられる日がある
これは偶然じゃなくて、設計で“風が通る構造”をつくっているから。
風って、設計すればちゃんと通る
僕が設計するときに必ずやってることを紹介します。
● 窓の配置は“対角+高さ差”で考える
同じ部屋に2つ窓があっても、対角線上にあるかどうかで風の動きはまったく変わります。
しかも、**高さが違うだけで、温度差換気(スタック効果)**が生まれて、自然に空気が動くんです。
● 家具や壁で風を止めない
建具は欄間(らんま)付きの引き戸を選ぶことが多いです。
閉めていても風が通るように。
音も光も、空気も、暮らしの中で“抜ける余白”をつくることが大切なんです。
● 敷地の風の向きを読む
これ、意外と見落とされがち。
「この場所、風がよく通るな」と感じる方向に、吸気と排気のゾーンを置く。
土地の癖を読んで、風を設計に活かす。これ、かなり効きます。
「風が通る家」って、安心感が違うんです
空気がこもらない。
湿気が溜まらない。
音もにおいも流れていく。
そんな家って、住んでる人の“呼吸のリズム”まで整えてくれるんですよね。
僕のお客さんの中でも、「なんでかわからないけど、落ち着く」って言ってくれる方が多いです。
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第5章|空気の“静けさ”がつくる安心|音・反響・素材の力
「この家、なんか落ち着くね」って言われると、僕はちょっと嬉しくなります。
それって、間取りがどうとか、家具がどうとかじゃない。
空気の“音”が整ってる家かどうかなんです。
静けさって、無音のことじゃないんです。
生活音が、空気に馴染んでいくこと。
音が“とがらず”、呼吸が深くなる空間を、僕は設計したいんです。
音って、空気の中で跳ね返るんです
リノベ前の家に入ると、「なんか声が響くな…」って感じることがあります。
それ、壁材・天井高・床の硬さ——いろんな要素の積み重ね。
- 足音がカツカツ響く
- 声が部屋中に跳ね返る
- 音が空気に馴染まず、耳が疲れる
これはつまり、空気が“音の受け皿”になっていない状態なんです。
僕が静けさのために選んでる素材
● 床は、杉の無垢材(厚み20mm)
踏んだときに音が抜けず、やさしく吸収してくれる。
冬でも冷たくなく、反響音も少ない。
● 壁は、漆喰、珪藻土、羽目板、和紙クロス
音を吸いすぎず、跳ね返しすぎず、ちょうどいい。
空気に“厚み”を感じるのは、こういう素材のおかげ。
● 天井は、合板現し or 木毛セメント板 羽目板
高音域の反射を抑えて、空気がまるくなる。
音が静かに消えていくような、あの感じが好きです。
空気の静けさは、暮らしを安心させる
静けさって、“安心”とつながってると思うんです。
音がとがってる家では、気持ちもとがってくる。
でも、空気が音をやさしく包んでくれる家では、暮らしのテンポがゆるやかになる。
子どもが静かに遊んでたり、来客が長居したくなったり。
そんな空気感は、設計でつくれるんです。
僕が大切にしていること
静かな空気って、感情を整えてくれるんですよね。
だから僕は、「音を遮る」んじゃなくて「音が溶けていく空気」をつくりたい。
素材と風と空気の流れを整えることで、
**その家だけの“空気のトーン”**が生まれる。
それが、「なんか落ち着く家」の正体なんじゃないかと、僕は思っています。
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終章|深呼吸したくなる家は、空気が整っている家
僕はいつも、住まいの設計を始めるときに「目に見えない空気」から考えます。
壁の中の湿気、空気のにおい、音の響き、風の抜け道——
それって全部、住む人の“呼吸の深さ”につながっているんですよね。
呼吸が浅くなる家には、理由があります。
素材が呼吸できていない、湿気が逃げない、風が通らない。
でもそれは、設計で整えることができる。
数値じゃなく、感覚でわかる“心地よさ”を
性能値や仕様表だけでは、安心は得られません。
大切なのは、身体が無意識に感じる「空気のやわらかさ」や「静けさ」。
そういう空気の質は、住みはじめてからじわじわと効いてくる。
「この家、落ち着くね」
「なんか、空気が軽いね」
そんな言葉がもらえたとき、設計者としていちばん嬉しいんです。
僕がつくりたいのは、“空気まで設計された家”
素材を貼るだけじゃなく、その素材がちゃんと働ける空気を設計する。
風が通り、湿気が抜け、音が馴染む空間。
そこに住む人が、深く息を吸える家。
そんな家が、これからもっと求められていくと、僕は思っています。
空気まで整った家、見てみませんか?
「なんか空気が違う」
そんな家を、設計でつくることができます。
素材が働く空間。風が抜け、湿気がたまらず、音が馴染む家。
その空気感を、まずは施工事例で感じてみてください。