第1章|“空気のにおい”が家の質を教えてくれる
家に入った瞬間、無意識に感じるもの
家に入ったとき、「あ、この家は気持ちいい」と感じるときと、
「なんか重いな」「においがこもってるな」と思うとき、ありませんか?
それって、照明でも家具でもなく、**“空気の質”**なんです。
空気は目に見えないけれど、僕たちはその中にある情報を敏感に感じ取ってる。
特に、“におい”は感情や身体感覚と直結しているんです。
僕は現地調査に行くとき、最初の数秒でその家の「空気の履歴」を感じ取ろうとしています。
- 湿気っぽいにおいがあるか
- カビ臭さや生活臭がこもってないか
- 素材の香りが残っているか
空気のにおいって、すごく正直なんですよね。
ちゃんと換気されている家、素材が呼吸している家、丁寧に手入れされた家は、やっぱり空気がすっと入ってくる。
におい=湿気・素材・換気の結果
空気のにおいには、いろんな成分が混ざっています。
- 生活臭(料理・洗濯・ペットなど)
- 建材や家具からの化学物質(ホルムアルデヒドなど)
- 湿気から来るカビのにおい
- 空気が動かず淀んでいる感じ
- そして、無垢材や漆喰の自然な香り
特に中古住宅では、「換気不足 × 湿気 × 合板の劣化」みたいな組み合わせが、空気の質を一気に下げてしまう。
だから僕は、リノベ設計の前に必ず**「空気の状態」と「素材の声」**をセットで見ています。
無垢の床や漆喰の壁があっても、空気がよどんでいたらその素材は力を発揮できないから。
空気の質は、家の第一印象を決める
「いい家ですね」って言われるときって、間取りよりも空気感の印象が先なんです。
なんか呼吸がしやすい、落ち着く、やさしい——
それって、五感で感じている空気の情報です。
空気のにおいは、家そのものの体温みたいなもの。
素材がちゃんと呼吸していて、湿度と温度が整っている空間は、
鼻を通して身体が「ここ、大丈夫」って反応する。
これは図面にも仕様書にも出てこない、でもすごく大事な感覚。
次章では、この“空気の質”を設計でどう整えるのか?
特に換気と気密の話につなげながら、
「空気はどう入って、どう抜けるか」について掘り下げていきます。
第2章|空気の質はどう整える?|換気・素材・湿気の三位一体
素材を活かすには「空気が通る設計」が前提
よく「自然素材を使えば空気が良くなるんですよね?」と聞かれます。
答えは、半分YESで、半分NOです。
無垢材や漆喰は確かに空気を整える力があります。
でも、それは“空気がちゃんと動いている家”だから発揮できるんです。
空気がよどんでいたり、湿気が抜けなかったり、化学物質がとどまっていたりすると、
素材の調湿や脱臭の力は押さえ込まれてしまう。
つまり、素材を活かすには「空気の流れ」をまず整える必要があるということ。
そしてそのカギになるのが「換気設計」と「気密精度」です。
換気は“気持ちよさ”のベース
最近は24時間換気が義務化されているけれど、
その性能や仕組みをちゃんと理解して使えている家は少ない。
- 吸気口が閉めっぱなし
- レンジフードを動かすと冷気が入り込む
- フィルターの掃除がされておらず、空気が通らない
- そもそも給気と排気のバランスが崩れている
これでは換気が機能しない。
特に冬場、機械給気からの冷気がそのまま入ってくると、室温が下がって体が冷える。
ここが、「換気しているのに快適じゃない」原因のひとつです。
だから僕は、フィルター付きの機械給気を壁面に設けて、気流を制御する設計を重視しています。
それによって、外気の影響を最小限にしながら新鮮な空気を入れることができます。
冷気対策には「熱交換型の給気機」
この冷気の侵入を防ぎ、室温の低下を抑えるために有効なのが、熱交換換気システムの導入です。
熱交換換気システムは、排気される室内の空気から熱(および湿度)を回収し、それを新たに取り入れる外気に移すことで、
給気される空気の温度と湿度を室内環境に近づけます。
特に全熱交換器は、温度だけでなく湿度も交換するため、冬場の乾燥や結露の防止にも効果的です。
このシステムによって、冷たい外気が直接室内に入ることを防ぎ、快適な室温と湿度を維持しながら換気を行うことが可能になります。
キッチンは“負圧トラブル”が起きやすい場所
もうひとつ見落とされがちなのがキッチンの換気。
一般的なレンジフードは「強力な排気装置」です。
でも、吸気とのバランスが取れていないと、室内が負圧になってしまう。
その結果、
- 他の部屋の空気が引き寄せられる
- 扉がバタンと閉まる
- 壁の隙間から外気が逆流する
なんてことが実際に起きています。
だから僕は、吸排気連動型のレンジフードを標準で提案しています。
これなら、排気と同時に給気も動いて、室内の気圧が安定する。
これは快適性だけでなく、換気の正しい機能と空気質を守るための設計です。
空気の質は「素材 × 換気 × 湿度」の掛け算で決まる
空気は、素材だけでも、設備だけでも整いません。
素材が働くには、空気の動線が設計され、湿度がコントロールされている必要があります。
だから僕は、空気の質を整えるとき、
「素材を使う前に、空気の道をつくる」ことから始めています。
次章では、湿気とカビの話へ。
空気の質を落とす最大の敵「結露」と「カビ」について、住環境と健康リスクの関係を深掘りしていきます。
第3章|湿気とカビは空気の敵|壁内結露・材料劣化・健康リスクの正体
カビは“壁の中”で静かに進行する
見た目にカビがないから安心——とは限りません。
特に中古住宅やリノベ物件では、壁内結露による断熱材の劣化や、柱・合板の腐朽が密かに進行しているケースが多く見られます。
壁の中で結露が起こると、その水分は逃げ場がなく、
- グラスウールやセルロースファイバーなどの断熱材に染み込み
- 木材や構造材に長時間接触することで腐朽菌の温床となり
- 空気中に微細なカビ胞子を放出し続ける
結果として、目に見えない空気の質低下と、アレルギーや気管支疾患の原因になります。
結露は「温度差 × 湿度 × 通気の欠如」で発生する
内部結露は、「断熱不足」ではなく「断熱と気密のズレ」で起きます。
具体的には:
- 壁体内に気密層が途切れている(スイッチボックス周り、開口部など)
- 湿気を含んだ室内空気が断熱材の外側に侵入し、露点温度を下回って水分になる
- 通気層や排湿経路がないため、湿気が抜けずに滞留する
この「露点温度」をコントロールするには、
- 室内側に**確実な気密層(気密シート+連続気密処理)**を配置し
- 外壁側には通気層を設けて排湿を促すことが不可欠です。
気密の「精度」、通気の「道」、断熱材の「正確な施工厚」。
この三位一体が崩れると、内部結露が必ず起きます。
僕が気をつけている「現場で見落とされがちなポイント」
以下は、僕が実際に現場で重点的に見る“結露の地雷ポイント”です:
- ユニットバスまわりの壁体内:高湿度で冷えやすく、気密層が切れやすい
- 北側の押入れ・収納裏:通気が届かず、内部にカビ臭がこもりやすい
- 梁や筋交い周辺の断熱材の欠損:構造優先で断熱・気密が切れていることが多い
- 屋根断熱の場合の小屋裏排湿:断熱材で塞がれて湿気が抜けず、垂木が腐朽する例も
こうした細部は、図面には出てこない。
でも、**実際の空気の質と素材の劣化を左右するリアルな“設計の盲点”**なんです。
カビを防ぐ=空気を設計する
結露・カビ対策は、「湿気を入れない」「湿気を滞らせない」「湿気を逃がす」の3ステップです。
- 室内側:連続した気密層と、露点計算に基づく断熱設計
- 壁体内:通気層と透湿防水シートで湿気を外に出す
- 屋根・床下:負圧になりすぎない換気バランス設計
僕が素材リノベを提案する理由のひとつは、
**空気と湿気が整った家でこそ、素材は“腐らずに働き続ける”**からです。
第4章|風は“抜け道”をつくることで流れる|窓・空間・設計の整え方
「風通しがいい家」は偶然ではない
「この家、風がよく抜けるんですよ」
そう言われて案内された家が、思ったほど風が通らなかった——
そんな経験、ありませんか?
風はただ南から北へ吹くだけではなく、空気圧・開口位置・室内形状・高さ差など、複数の要素が絡み合って流れています。
つまり、「風通しのいい家」は偶然ではなく、設計によってつくるものなんです。
僕が風通しの設計で意識すること
風を通す設計には、以下のポイントが欠かせません。
- 対角線上に開口を確保する
→ 窓と窓が向かい合うよりも、「斜めに抜ける距離」があると風はよく流れます。 - 高さ差を利用する(重力換気)
→ 下の階に吸気を、上の階に排気を設けると、温度差による自然上昇気流が発生しやすい。 - 風の出口をつくる
→ 吸気口(開ける窓)ばかりでなく、風が抜ける「出口窓」がなければ、空気は滞留する。 - 廊下や階段の“風だまり”を設計する
→ 曲がり角や行き止まりに換気が届かないことが多く、あえて開口部を設けることで風のリズムが整う。 - 建具・間仕切りも風のルートに配慮
→ 完全な壁よりも、欄間・引き戸・ルーバーを使うことで空気の流れを妨げない工夫ができる。
こうした操作を積み重ねて、素材が働ける環境=湿気をためない設計につながっていきます。
窓の数ではなく「位置と質」で風は決まる
窓の数が多くても、風が通るとは限りません。
むしろ、無造作に配置された窓は気流を乱し、よどみを生みます。
僕は設計時に「風の地図」を描くような気持ちで、
- 南北の貫通
- 高低差
- 窓の開閉方向
- 換気扇やレンジフードの位置関係
これらをトータルで調整します。
そうすることで、「空気がすっと抜ける家」になる。
素材や断熱だけではつくれない“感覚的な心地よさ”は、
こうした空気の微細な流れの積み重ねで生まれると僕は思っています。
次章では、この流れを締めくくる形で
“空気の静けさ”がもたらす安心感について掘り下げていきます。
第5章|空気の“静けさ”がつくる安心|音・反響・素材の力
「静か」という感覚は、音だけじゃなく“空気”から生まれる
家の中で「落ち着く」と感じる場所には、共通点があります。
それは、空気に余計な反響や圧がないこと。
たとえば同じ大きさの部屋でも、
- 無垢の床と漆喰の壁で構成された空間は「音がやさしく感じられる」
- フローリングとビニールクロスの部屋は「音が反響して落ち着かない」
この違いは、素材が持つ「吸音性」や「音の拡散特性」によるもの。
つまり、「静けさ」も空気の質のひとつなんです。
音が反響しすぎると、人は無意識に緊張する
硬質な素材で囲まれた空間では、音が跳ね返りやすく、
- 会話の声が響く
- 足音が響く
- テレビの音が聞き取りづらい
といった現象が起こります。
特に小さなお子さんのいる家庭では、こうした「音のざわつき」が知らず知らずのうちにストレスになります。
僕はよく、静けさ=感情の余白だと伝えています。
音が落ち着いていると、気持ちも落ち着く。
それは目に見えないけれど、暮らしの質に直結する空気の働きです。
吸音と反響は「素材」と「空間設計」で整えられる
じゃあどうやって空気の静けさを設計するか。
そのカギは、以下の2つです。
1. 素材の選び方
- 無垢材の床:音を柔らかく受け止め、足音を落ち着かせる
- 漆喰や和紙の壁:高音をやさしく吸収し、残響を抑える
- 天井材に杉板や木毛板を使う:反射を防ぎ、空間に深みが出る
2. 空間のつくり方
- 家具やラグで音の反射を抑える
- 間仕切りを抜きすぎない(開放的すぎると音が逃げない)
- 天井の高さや梁の配置で音を分散させる
素材だけでなく、空間の“かたち”や“配置”も、空気の静けさを左右します。
僕が目指すのは「音がうるさくない家」じゃなく「音が馴染む家」
僕は“静音”の家をつくりたいわけじゃない。
生活音がまったくしない家は、かえって不安になることもある。
目指すのは、音が空気に馴染む家。
声や足音が「響かず、しみ込む」ような感覚。
それが、住まいの空気を深く、安心させてくれると思っています。
▶ 空気の“質”に、こだわった家づくりを
なんとなく落ち着かない。においがこもる。
それ、素材ではなく“空気の設計”に原因があるかもしれません。
僕たちは、自然素材がきちんと働ける「空気の流れ」を設計することから家づくりを始めています。